第7話 旅立ち
それから数日、里のもの総出で旅の準備を行った。
ある者は貴重な薬草を集めに奔走し、またあるものは様々な道具を用意して別の者が手仕上げしたリュックに荷を積めたりして。
その間、ガットは長老やクニフ、ホーホから様々な話を聞いた。
いまから三百年前、初代国王より数えて百五十年後の第十三代国王ラッテンペルゲの時代に栄華を極めたランゲルデ王国は、人族だけの聖地の拡大を目的とした大戦争を行い、広大なゴンドワナ大陸のほぼ九割を手中に収めるところまでその侵略の手を伸ばしたこと。
その戦争と
一日、また一日と各所で村や里が壊滅するような絶望的な状況のなかで、一部の魔法使いや超常の力を持つものたちが各地に多重結界を張り、ランゲルデ王国の侵攻から彼らを守ってきたこと。
やがて、ランゲルデ王国の国力も尽きて一時的にその侵攻の勢いが衰え、
「世界がそんなふうになってるだなんて、俺はまったく知らなかったよ」
農奴として今世を生きてきて、また転生を繰り返しても苛烈な境遇の人生ばかりであったガットにとって、世界のことより身近な話題と明日食うイモを確保することのほうが遥かに大切だった。
故、ガットには、驚くことばかりの話だった。
「お前さんはずっと結界の外にいたのに、世界の情勢については何も知らないんじゃな」
長老のエルヴァーが、フロースの作ったスープをすすりながら微笑んだ。
「いや、今だけじゃない。俺はずっとずっとこんな人生を何度も歩んできたからな」
スープの入った鍋を見つめながら、男は呟いた。
「しかし、なんだってそのランゲルデ王国の次に魔王軍なんだ?」
素朴な疑問を抱いたガットは聞いた。
「ラッテンペルゲが契約で魔王になったからじゃな」
スープに入ったイモを口に含んでフーフーしながら、ホーホが答えた。
「いかに巨大な国家とはいえ、一国でこのゴンドワナ大陸を制圧なんで出来るわけがない。それにヤツには苛烈な優性思想があったのじゃ。より優秀で強力な存在たらしむるものを求めるがあまり、ラッテンペルゲは魔王と契約したのじゃ」
「世界を我が手中に収めるという野望の完遂が目前に迫ったある日、ラッテンペルゲはある男に殺されかけた。そして肉体が死を迎えようというまさにそのとき、魔王との契約は履行され、ヤツは魔王ラッテンペルゲとして復活をした、という話じゃ」
「ふぅ」
ホーホはハーブ茶を口にしながら話をつづけた。
「魔王となったラッテンペルゲには当然魔王軍の指揮権が付与される。ヤツは事の善悪もなにもなく、魔王軍を使って見境なく自分の配下だった者たち、王国軍や領民をことごとく根絶やしにし始めたのじゃ」
「魔物は疲れを知らぬ。そして世界が憎悪と恐怖に満ちるほどにその力と数を増し、無限ともいえる強大な漆黒の闇を従えることが出来るのじゃ」
「そして、ラッテンペルゲはそのことを誰よりも理解し、それを求めておる」
ホーホは差し出された草まんじゅうを頬張りながら、生きるとは難儀じゃのぅと呟いた。
「色々と聞きたいことはあるけどさ。まず、ホーホってミイラなんだよね?」
ガットは、今一番気になっていることをホーホに聞いた。
「さっきからずっと食ったり飲んだりしてるけど、それ大丈夫なのかよ?」
それを聞いたホーホが不敵の笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。エルフの作る料理にはマナが多量に込められておる。それを摂取して骨まわりの魔法体を強化しておるのじゃ!」
「骨がメシを喰えぬなどと思うな!」
「ふーん」
ガットは感心した、ようなふりをした。
出発の前夜、ガットはあまり寝付けずに長老の家から抜け出して眺望のよい場所で満点の星空を見つめながら、ロイがくれた蜂蜜酒とハーブ酒を交互に舐めているとフロースがやってきた。
「緊張と興奮で私も眠れません」
フロースが欲しいというので蜂蜜酒を渡す。
フロースは見た目は幼いが、それでも生まれてから百二十年以上は経っているらしい。
「あなた様をこのようなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思っています」
フロースは伏し目がちに言った。
「この結界の外に出たい、という強い気持ちは本物です。色々ありましたが、結界の外に出ることが出来る、沢山の知らないものを見ることが出来るという好奇心からくる高揚感が心を満たします」
「ですが、そのためにあなた様を利用しているような気持ちも同時に強くあるのです」
「そんなことはないさ」
ガットは心からそう思った。
「話せば長くなるけど、俺はこれまで本当に何もない人間だったんだ。大切なものを何一つ守ることが出来なかった。とても長い間、そう、何度も何度もそういう時間が続いたんだ」
「でも、今生では与えられた。そういう運命を変えられるかもしれないって思える力を与えてもらえたんだ。この槍? もそうだけど、それよりなにより君らのような人たちに恵まれてる」
「本音を言えば、ホーホの言っていたぶっそうな話を聞いていても、それでも俺は正直わくわくして仕方なかったんだ」
「だから、まったく気にすることはないよ。むしろ、君たちの物語に割り込んでる気がして、俺が申し訳なく感じてるくらいだ」
そう言って、フロースの顔を見ながらガットは笑顔を見せた。
「ホーホ様たちの旅路に、どうか森の精霊の御加護がありますように」
日が昇る頃、そう言って長老とクニフ、そして村の人々が頭を下げたり手を振るなか、ガットとフォルティス、幼子を背負ったフロースとホーホが手を振りながら里を背に結界を越えた。
――さぁ、ようやく『俺たちの』人生がはじまった。
ガットはこれまでの悲惨な人生を歩んだ数多の自分とも、それらの記憶や経験が決して助けになるわけではなくとも、決別ではなく共に生きようと決意していた。
――これが彼の言う、『制御不能な邂逅』なのかは分からない。だけど、心から思うんだ。
「彼らのために、この槍を振るう」
そう固く決意するガットなのであった。
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