第6話 魔法使いホーホとガット

 魔王軍と対峙する結界の境界付近では、フォルティスたちが息を潜めていた。


――結界が解除されても魔王軍はすぐには気づかないだろう。


その隙に総攻撃をかけてオーホロウを破壊するんだ。そして少しでも早く、少しでも多くの魔物を倒して反撃の機会を奪え――


「少しでも敵の戦力を削いで時間を稼ぐんだ」


 フォルティスやロイたちの頭の中は、我が身を犠牲にしても魔王軍の進撃を遅らせて他の仲間をいかに遠くまで避難させるか、そのことばかりが去来していた。


 やがてグリンカムビの鳴き声が聞こえ、空が白みだした。


「そろそろだ。始まるぞ」


 家族と今生の別れを告げてきたハーフエルフの男たちは、各々の武器を握りしめた。


――我が命失うことになれど、せめて一矢報いてみせる。


 皆が決死の覚悟を胸に特攻をかけようとしたまさにその時、突如凄まじい閃光があたりを照らし出した。


 あまりの眩しさに魔王軍もフォルティスたちも目をつぶる。


 と、高空で誰かの叫ぶ声がした。


「我が名はホーホ・アリスタルコル! 我を承認し我が想いを万物へ一帰せよ!」


 皆が見上げると、魔法の杖に跨った魔女が空いっぱいに巨大な魔方陣を描いていた。


 それは誰もが見るのも初めての、凄まじく高密度、高難度な多面体魔方陣の重畳ちょうじょう射出であった。


 空間に形成された魔方陣形状の輪郭線に沿って膨大な数の小さな光の粒がパチンパチンと凄まじい勢いで弾けている。


 魔物もハーフエルフたちも皆上空を見上げて唖然としている。


 続けざまに声がする。


「とどけ! 光撃魔法ラレース・プレアー!!」


 刹那、それまで展開していた多面体魔方陣を中心とした天を覆うような巨大な光輪が出現し、地上に向けて落下した。


「ズッドーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!」


 光輪の落下地点から凄まじい衝撃波と時空振動が発生して砂塵が辺りを包み込む。


「ありゃりゃ、こりゃすごい!」


 ホーホがきょとんとした顔で笑う。


「いやいやいや、味方まで殺す気かよ!」


 男は呆れて叫んだ。


――なんという破壊力なんだ。


 魔法の杖に跨るホーホの後ろで眼下に広がる光景を見つめて、改めて男は絶句した。


 砂塵が去ったあと、魔王軍とオーホロウを含む魔王軍の兵器だけがきれいに消滅していた。


「魔王軍に組する者も難儀じゃの」


 ホーホは呟いた。


 フォルティスたちは、天空を見上げて絶句していた。


「な、なんだ、今の凄まじい魔力は。いや、それよりも、あの魔女は……」


 ふわり、と大きく旋回しながらホーホがフォルティスたちの前に降り立つ。


「久しぶりじゃの、フォルティス。息災か?」


「あ、あなた様は!」


 フォルティスが声を上げた。


「ホーホ様!!」



 避難していた里の者たちと合流した者たちはみな涙を流して再会を喜んだ。

 長老とクニフがホーホの前にひざまずいた。


「ホーホ様、お久しぶりにございます。本当に……」


 長老は涙を流していた。


「しかし、あんたは死んでたんじゃないのかよ。なんで、今更復活したんだ?」


 這う這うの体で、ホーホの操る魔法の杖から飛び降りた男は尋ねた。


 ホーホは、男と男の握っている棒を見て不思議そうに言った。


「おぬしの持っているそのの力を抑制していたが解放されたからに決まっておるじゃろ? その余りある魔力をわれの骨と皮にまとわせて具現化しておるのじゃ」


「槍? これが?」


 男が、握りしめていた鉄の棒を不思議そうに見つめた。


「なんじゃ、おぬし。その槍がなんなのかも分からずに振り回しておったのか?」


 ホーホは驚きの顔をした。


「その槍は……まあ良い。とにかく良かった。みな息災じゃな」


「お、お蔭様で皆元気にしておりますよ、ホーホ様」


 長老が涙を浮かべて感謝の意を述べている。

 クニフも、まったく感慨無量といった表情を浮かべてその光景を見守っている。


「長老や、この骨はもうしばらく借りておくぞ。まぁ、もともとわれのものなのじゃけれど」


 そう言うとホーホはケタケタと笑った。


「さて、今のわれなら各所に張った結界を通じて転送魔法の座標計算が容易じゃ。すなわち、われが張った結界がある場所へなら瞬時に移動可能じゃ」


 ホーホは少し悩ましげに言葉をつづけた。


「当時は急を要しておったからガチガチの結界を展開させたが、今の魔力なら結界を変異させて特定の者を出入りさせるようにすることは可能じゃな」


「いずれにせよ、今回は魔王軍を退けたが、これは今後も続くじゃろ。他の結界でも同じ攻撃が始まれば、結界の中のものたちは皆殺しの憂き目に遭おう」


「やはり、ここは根本の原因である魔王を討伐せねばなるまいな」


 ホーホは男を見て言った。


「クニフに聞いたが、おぬし、その幼子を連れてカルルガットへ向かうのだろう?」


「あ、ああ。そうだ」


 男が答える。


「ならちょうどよい。カルルガットには古い知り合いもおるし魔王の拠点の方角でもある。われもついてゆくぞ」


 そう言ってホーホが二カっと笑った。


「三百年ぶりに外の世界を歩いてみたいしな!」 


 話を聞いていた長老が言った。


「ホーホ様、それならば我が里の戦士フォルティスもお供させて下さい」


「ぜひ、わたくしもホーホ様にお供させて頂きたく思います」


 フォルティスが深く頭を下げる。


 それを聞いて、フロースも声をあげた。


「ホ、ホーホ様! わ、わたしも連れて行って下さい!」


 長老とフォルティスが驚いて顔を合わせる。


「フロース、お前も行きたいのか。だが、本当に死と隣り合わせの危険な旅になるんだぞ」


 フロースを見つめながらフォルティスが言った。


「それでもです。私は中途半端な回復魔法しか使えません。ですが、里のみんなの役に立ちたいし、なにより様やホーホ様とご一緒できるなら、それはわたしにとって本当に得難き経験になると思うのです」


「え? 槍の勇者様って……俺のこと?」


 男が赤面する。


 決意に満ちた目で男を見つめながらフロースは言った。


「わたしは死もいといません。どうか連れて行って下さい」


「ふむ。結界で守られていた三百年、それでも精神の研鑽はなされていたようじゃな」


 満足そうな顔をしてホーホが呟いた。


「魔王を倒すとか、そういうことは今は考えていない。だけど彼女をカルルガットには絶対に無事に届けたい。そのために協力してくれると言うのなら、むしろ俺からお願いしたい」


 幼子を抱いた男は深々と頭を下げた。


「ホーホ様、この際だから彼に名前を与えてはいかがでしょう?」


 そう言えば、と長老がホーホに声を掛ける。


「名前? あやつに? あー、確かにそうじゃなぁ。こうなったということは、すなわち『名も無き男』のご登場というわけじゃしな。名前が無いと確かに不便じゃな。」


 うーんと腕を組んで暫らく逡巡しゅんじゅんしたのち、ホーホがポンと手を叩いて男の方を見た。


「おぬしは、今日これから『ガット』と名乗るとよい!」


「ガット?」


 男が不思議そうな顔をする。


「なんだかおもしろい名前ですね。由来とかあるのですか、ホーホ様?」


 フロースがホーホに尋ねる。


「世界のことわりをひとつにあらわす、という意味がある」


「そんな尊大な名前、俺には釣り合わないよ」


 男が本気で謙遜けんそんするが、ホーホが真顔で言った。


「おぬしはあの槍に選ばれた。ゆえそれを名乗る資格があるんじゃ」


 そう言って魔法の杖をくるくる回しながら、まだ不思議そうな顔をしている男の名を呼んだ。


「ガットよ、世界を在るべき姿に戻しにゆくぞ!」

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