第4話 ホーホの大結界
久しぶりに牢屋の外に出て、フォルティスとフロースの後をついて森を歩く。
すでに日は傾き始めている。
村のハーフエルフたちや牢屋番も皆ぞろぞろと男たちの後を付いてきた。
ハーフエルフの家々は、それまで男が人伝に聞いてきたように巨樹の上に作られていた。そのなかで、長老の家は殊更大きな巨樹の上部に開いた洞の中に作られていた。
「入れ」
フォルティスに促されて男が中に入ると、そこには老いたハーフエルフとウサギのような姿をした女性が座っており、傍らのハーフエルフがあの幼子を抱いている。
「おぉ! 元気そうで本当によかった!」
男は思わずそう叫び、幼子のもとに駆け寄った。
男をみた幼子は、ハーフエルフの腕の中であぅあぅと元気そうにこちらに小さな手を伸ばす。
「ありがとう、ありがとう」
――無事だった! この子が助かった。
男は人目もはばからず涙を流した。
その姿を見て、フロースも目をぬぐっている。
「さて、おぬしはこの結界を超えてこちらに来たとのことじゃが」
長老が男に声を掛けた。
「その意味はフロースやフォルティスから聞いておろう。この結界は外界の敵から我々を守って下さる大切なものじゃ。じゃが、同時に我々をこの地に束縛し人外たらしめるものでもある」
泣いていた男が顔をあげる。
「待ってくれ、その言い方だと結界をどうにかして欲しいと言っているようにも聞こえるんだが……」
「ふむ」
と言って、長老は長い嘆息をした。
「これから話すことはこの結界を張った大魔法使いとの密約で皆に委細を伝えるのは初めてのことになる。ちょうどいい。そこの男とともに聞いておくれ」
そうして長老は語り始めた。
「その昔、この地に魔法使いがやってきて
「その結界の力はすさまじく、外界のどんな強者も侵入することはおろか見つけることも出来ないものじゃった。そして、力が尽きたホーホ様はもちろん里のだれもそこから出ることすら出来なくなったんじゃ」
「ホーホ様はこの結界を張ったのち、しばらくして息を引き取ることになるのじゃが、その間際にこういったのじゃ、すまない、と。わしはなぜ詫びるのか彼女に聞いた。すると、彼女は涙を流しながらこう言ったんじゃ」
「彼女は、国王にハーフエルフの里を
「確かに、その時代はハーフエルフやそのほかの人外に対する迫害はすさまじく、各地で人間との間で戦いが絶えなかった。その先鋒となっていたのがランゲルデ王国十三代国王ラッテンペルゲだったのじゃ」
「だが、ホーホ様は言った。私にはそのようなことはできない。私は各地に点在する人外の里を守るために仲間と結託し秘密裏に結界を張り続けてきた。そして、ここが私にとって最期の地になるだろう、と」
「ホーホ様が私たちを滅ぼすために王国が遣わしていた方だったなんて……」
震える声でフロースが言った。
深く頷いて、長老は続けた。
「そして、ホーホ様は最期に言ったんじゃ。私に悔いはない。あるとすれば君たちハーフエルフの自由を奪ってしまったことにある。でも、いつになるかは分からないが、もしもこの里に『名も無き男』がやってきたら、そのときは彼を助けてやって欲しい。きっと救いが
「そう言い残して、ホーホ様は息を引き取ったのじゃ」
村長がふぅと息を吐いて空を仰いだ。
「結界が張られて以降、わしは結界の外にいる一部の精霊と念話を通じて世界の情勢を少しでも理解すべく努めてきた。ランゲルデ王国の栄枯盛衰、そして大魔王の復活と世界は今、とても目まぐるしく変化しておる」
「そして、ハーフエルフの里、そのほかにも人外の村々も含めるとホーホ様たちが少なくとも三十ヶ所以上の場所に結界を張り続け、膨大な数の人外たちを今も守り続けて下さっていることも二百年以上かけて調べたんじゃ」
そういって長老は優しい眼差しを男に向けた。
「ホーホ様の言われた救いが何かは分からない。じゃが、少なくともお前さんは我々にとっての救世主、パンドラの箱を開ける鍵なのじゃよ」
そして、周りに集まっていたハーフエルフたちを見渡して長老は言った。
「こういうわけじゃ。ゆえ、皆には詳しい話はせず、ただ『名も無き男が来たら彼を助けよ』とだけ伝えてきたのじゃ。そしてようやくその日が来た」
そう言うと、長老は再び天を仰いで目を閉じた。
「ついに来たんじゃな。その時が。」
それまで長老の隣に佇んでいた、ウサギの姿をした女性が口を開く。
彼女は、白いウサギの姿をした長身の獣人だった。
「突然申し訳ありません。私はクニフと申します。わけ合ってハーフエルフの里でシャーマンを名乗っております。名も無き方に、ぜひお伺いしたいことがございます」
クニフはそう言うと、深くこうべを垂れた。
「あなた様が連れてきた幼子のことにございます。彼女をどなたに託されたのですか?」
「いや、分からない。必死に逃げている最中に、この子の母親に託されたんだ。彼女も酷い怪我を負っていたが、とにかくこの子を助けてくれ、私には構わずどうかって
「母親も助けてやりたかったけど……俺にはこの子を救うのが精いっぱいだった」
そう言って
「なるほど」
クニフは深く頷いた。
「それでは、あなたはこの子がどのような方かも分からずに助けられたのですね」
「そうだ、この子が誰なのかなんてまるで分らない。分からないけど助けたいと腹の底から思ったし、あんたらも助けてくれたじゃないか」
「魔物の手から逃れても、俺だけじゃこの子を育てることなんてできやしない。みんなが命の恩人だ」
クニフは長老と顔を見合わせた。
「ところで、あなた様は彼女をどこに連れて行こうとされておる?」
長老が聞いた。
「この子の母親から、この子をカルルガットに届けてくれと頼まれた。だから、この子をカルルガットへ届けに行こうと思っている」
「なるほど」
クニフは何度もうなずいた。
「運命は必ず巡る。そして、人にはどうしても抗えない流れがある。」
あなたにこの子を託した方が、本当にこの子の母親なのかは一抹の疑念の余地はありますが、と言ってクニフは続けた。
「あなたが連れてきたこの幼子、彼女を包んでいた布には魔法国家ランゲルデ王国の国家紋章が描かれていた。いくら戦下の混乱にあったとしても、こうしたことが出来るのは彼女がランゲルデ王国にとって由緒ある血筋の方である可能性が非常に高い」
「そして、今世界に混乱を齎している元凶の大魔王、彼の依り代となっているのが第十三代ランゲルデ国王ラッテンペルゲと言われているのです」
「えっ!?」
皆が一様に驚いた声をあげたその時、凄まじい
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