アフター・アフター


 * * *



「なんでっ! なんで……元魔王が、こんなことを……」

「貴様こそ! 勇者だったのだろう!」


 お祭りが終わったら、どうしますか?

 そう、アフターです。

 会場からいくらか離れた酒場。そこに、元勇者ロロランと、元魔王にずふわの姿はありました。


 賑わう酒場では、二人の騒ぎも他の騒ぎに埋もれてしまいます。これ幸いです。聞こえていても、二人が酔っているのだとしか思えないでしょう。もっとも、二人はノンアルコールですが。


「魔王のくせにそんなふりふりドレスを着て……しかも激甘百合小説を書いて……お前、魔王として恥ずかしくないのか!」

「貴様こそ、元勇者としてあんなものを作って……おまけに不健全本だと! フッ、貴様を勇者と崇めた奴らに、いまの有様を見せてやりたいわ!」


 ロロランのクール風味なお嬢様系レディを目指した口調はすっかり消えて、過去の熱血勇者の口調に。にずふわのふわふわガールな口調も消えて、発声が強くどこか傲慢な口調に。

 コミトリア祭にいたあの二人とは、思えません。


「そもそもお前の方が先に死んだじゃないか! 俺は確かにお前を屠ってやった! なのになんでお前の方がいま歳下なんだよ! 軽率に酒飲めねぇじゃん!」


 ポテトフライをもひもひ食べながら、ロロランは喚きます。


「つーか取り置きしてまで俺のエロ本が読みたいのか! お前ドスケベなのか! しかも百合のドスケベ! そんなに読みたかったのか!」

「素晴らしいものは必ず手に入れる」

「魔王の時だったらそれらしい言い方だけどよぉ、成人向け百合小説の話をしてるんだよなぁ?」


 にずふわはオレンジジュースをストローで飲んでいました。ふと、壁に貼られていたチラシを指さします。


「元勇者がいま百合小説を書いているなんて知ったら、貴様の子孫はどう思うことか……それにその服装はなんだ、昔余の元にいた四天王の一人に似ているな、妖艶な女悪魔であった……」

「俺、子供いないけど?」


 けれども、元魔王にずふわが指さしたチラシは、とあるニュースでした――『勇者様、魔王城目前』。その横には、勇者が魔物退治をしたとか、人助けをした、なんて記事もあります。


 ――むかしむかしの、お話です。

 世界には魔王が存在し、魔王の力の影響を受けた魔物が、人々を襲い、苦しめていました。

 けれどもそこに勇者が現れて、魔王を倒しました。

 そうして世界は平和を取り戻しました。

 数百年経ったいまでも、ほとんど平和。


 ……完璧に平和なわけではありません。魔王というのは、倒しても数百年後に新たに生まれてしまうものなのです。

 必然的に、勇者も生まれます。生まれてしまった魔王を倒すために。

 魔王が出現したのなら、荒れ狂う世界を救うために、勇者が立ち上がる――実は、それは、いまも変わらないのです。


 ただ、現在では、過去のような大事件になっていないのです。

 何故なら人間の技術が進化し、魔物に苦しめられることはそうそうなくなりましたし、魔物側にも、人間と親交を深める種族が増えたからです。


 世界はほとんど平和です。

 いまの魔王退治は、もはやちょっとしたチンピラ退治です。


「あっ、もしかして、勇者だから俺の血筋だと思ったぁ? そうか、お前は俺に倒され先に死んだから知らないもんな……残念だが、俺は結婚してないし、そもそもえっちなこともしなかった。清い勇者だからな?」

「……それは自慢するべきことなのか? 童貞よ」

「それよりも、お前の方はどうなんだ! いまのお前の姿を見たら……現魔王は、がっかりするだろうなぁ? まさか偉大な前魔王が……こんな少女趣味な格好で、百合小説を書いて、おまけにまだ成人していないからエロ小説はそれまで取り置きしてくれって頼んでるなんて……」

「余と現魔王に繋がりはない。魔王とは自然発生するものであるし……余も童貞のままで死んだ」

「魔王が……童貞……」


 パスタが運ばれてきました。にずふわはフォークを手に取って、くるくる巻き取ろうとしますが、どうやらとても不器用なようです。うまく絡めとれず、ずっとくるくるフォークを動かしています。そのお人形のような姿もあって、幼く見えてかわいらしくも思えますが、中身は元魔王です。


「魔王だからこそ、他の者は怯えるというか……」

「いやでもお前、魔王だろう? なら、抱かせろ、で、解決するだろ」

「ふむ、しかしそれは気持ちが悪い。貴様が誘われる側だったのなら、考えてみろ――気持ちが悪いし、魔王としての尊厳も疑うであろう?」


 ようやくパスタを巻き取れたにずふわは、小さく口を開けて食べます。それを見て、ロロランをようやくフォークを手に取りました。

 この場は割り勘にすると、事前に話し合っていました。


「そ、そもそも……余はなんというか……」


 手で口を押さえながら、不意ににずふわがもごもご言い始めます。顔を見れば、少し赤くなっていました。


「そう……そうだな……童貞をこじらせすぎて……そういうのは、ちょっと……ちょっとなぁ……」

「……あ~~~~~~……」


 なんとなく、その気持ちはロロランにもわかりました。

 興味はあるのです。えっちなこと。でも実際やるとなると……。

 うまくできるの? 怖くない? ていうか結構気持ち悪いのではこれ?


「かわいい子に何かするっていうのは……なんか……なぁ、だよなぁ……」


 かわいいから手を出すのは、何か違う――そんな気がして、ロロランはうんうんと頷きました。


「かわいい子と俺、よりも、かわいい子なら、かわいい子同士で仲良くしてもらった方が、もっとかわいいと思うしな……」


 ぼんやりと、勇者時代のことを思い出します。仲間にいたかわいい魔法使いと、これまたかわいい弓使い。よく姉妹の様に二人で過ごしていましたから、勇者はそれを眺めて、ああ平和っていいなと、常々思っていました。


「そう! それなのだ!」


 唐突に、にずふわがばんとテーブルを叩いて立ち上がりました。頭に着けている大きなリボンが揺れます。酔っ払いのいる酒場では、そう珍しいことではありません。


「かつて余のもとにいた四天王には、二人の女悪魔がいた……彼女達はとても親密でな、片方を任務に出すとき、どれだけ心を痛めたことか……」

「無理……」

「だから積極的に二人セットで行動させていたのだが……憶えているか? 余は名前を忘れてしまったが、軍事国家があったことを……あそこの王子に……片方が好意を抱いて……」

「なんでくっつかないの……」

「――ということで今日の新刊ではあの二人をモデルにした女の子達のハッピー百合を書いた」

「家に帰ったらすぐに読む……それを言ったら、今日の俺の新刊だって、かつての仲間達がモチーフだぞ」

「えっ、どっち? どっちの本?」

「えっちな方……魔法使いと弓使い、憶えてる?」


 そう言ったとたん、くしゃあああとにずふわの顔が歪みました。


「余……まだ成人じゃない……」


 すでに空っぽになっていたオレンジジュースを、それでもストローで吸い上げます。


「取り置きしておく! 取り置きしとくから!」


 ――おかわりのジュースが運ばれてきました。

 二時間制の酒場です。時間はまだまだあります。

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