再会


 * * *



 お祭りも落ち着きを見せ始め、片付けを始めるサークルの姿も見え始めました。

 ロロランの持ち込んだ百合小説本の在庫も、あと少し。ゆっくり片付けをしている間に、これも出ていくだろうと思って、片付けを始めようとしたときに。


「――あの」

「はい、何でしょう? ふふ、まだ大丈夫でしてよ――」


 片付けを始めようとしていた手を止めて、顔を上げて、ロロランは顔を赤面させます。

 正面に立っていたのは、まるで生きているお人形。ふりふりのドレス、きらきらのリボン。ふわふわの髪。ほんのり甘い香りがするのは、気のせいではありません。


「にずふわ、さん……」


 そこに立っていたのは、間違いなくあのにずふわでした。


 ――えっ? なんで俺のところに?

 ――いや人違い? にずふわさんではない?

 ――どうみてもにずふわさんだよなぁ?


 元勇者、心の中でまた勇者口調に戻ります。と、にずふわは、


「えっ? あ……そ、そうです、にずふわ、です……えへ、えへへ……?」


 知らない人から急に名前を呼ばれたら、そりゃあちょっと気味が悪いですよね?


「あっ、あっ……悪かった……じゃない! ごごご、ごめんなさいね! その……わたくし、あなたのファンでして……その……気持ち悪かった、ですわね……」


 クール風味なお嬢様系レディを吹っ飛ばして、ロロランは慌てて手のひらを見せて振ります。


「御本は、伝書鳩で購入させていただきましたの……家に帰りましたら、さっそく読む予定でしてよ?」

「本当ですか? にずふわ、うれしい、な……まさか、ロロランお姉さまに読んでもらえるなんて……」


 かわいらしいにずふわは、頬を赤く染めていました。これまたかわいらしい姿です。そんな彼女の細い指が、机の上に置かれているロロランの新刊に伸びます。


「にずふわも……普段は伝書鳩をつかっているんですけどぉ……今日は直接購入したくて……こちらの新刊一冊、お願いします」

「あ、あら、とっても……とっても嬉しいですわ……!」


 にずふわが指さしたのは、今日のロロランの新刊二冊のうちの、片方だけでした。全年齢向けの百合小説です。成人向けの方は指さしませんでしたが……好みというものがあるのでしょう。

 ところが、本を受け取っても、にずふわはその場を動かず、買わなかった成人向けの百合小説を眺めて、そろそろと口を開いたのです。


「あ、あの、ロロランお姉さま……とっても、とっても手間なお願いを……したい……のです、が……」

「あ、あら……? 何でしょうか?」


 ようやくクール風味なお嬢様系レディキャラを取り戻し、ロロランは首を傾げます。けれども内心はびくびく。


 ――も、もしかしてなんか、地雷あったのか? だから買えないとか?

 ――でもお願いってなんだ?

 ――勇者時代はめちゃくちゃ人のお願い聞いてきたから? 俺にできないことなんてほとんどないと思うけど?


 元勇者ロロラン、ステータス異常・混乱。

 ところが、にずふわのお願いは、予想もしていなかったものでした。


「……こちらの、えっちな本……半年間、取り置きをお願いしてもいいですか?」

「……は?」


 ロロランは思わずぽかんと口を開けてしまいました。それを見て、申し訳なく思ったのでしょう、にずふわはそのお人形のような顔をさらに赤く染めて、半ば泣き出しそうにも見える表情になって。


「す、すみません……! やっぱり、大変、ですよね……! い、いまの忘れて……」

「あっ、えっと、そうじゃなくてさぁ……おほん、いえ、そういうことではなくて……何故そんなお願いをされるのか、教えてくださらない?」


 尋ねれば、にずふわは、ふりふりのドレスのスカートを揺らして、もじもじ。大きな瞳は床に向けられていました。やがて、


「あの、にずふわ……まだ、買えないんです。えっちな、本……」


 思い返せば、にずふわの作品はどれも全年齢向けの健全な百合。どうしてなのか、その理由がわかりました。

 にずふわには、まだ書く資格がなく、読む資格も買う資格もなかったのです。


「半年後なんです、成人するの。成人したら、いろいろ解禁なんです……」


 にずふわは、じっとロロランのえっちな本を見つめていますが、開くことはもちろん、触れることもしませんでした。


「でもその前に、ロロランお姉さまの本が売れちゃったらと思うと……その……」


 くしゃっ、とお人形のように整った顔が歪みます。

 ロロランは迷いませんでした。すぐさま在庫から成人向け百合小説本を一冊手に取り、にずふわに見せました。


「わかりましたわ。これは一冊、取り置きしておきます。あなたが成人する半年後まで……」


 断る理由なんてありません。同じ百合を愛する者同士、欲しい本があるというのなら、助け合うべきです。

 百合は命を救います。えっちな本も命を救うのです。


「あ……あ……助かる……ありがとう、ございます!」


 ぱっとにずふわの笑顔が広がります。彼女の両手が差し出され、ロロランは自然とその手を握りました。


 百合を愛するもの同士の握手です。

 ただそれだけのはずでした。


 ――ばちり、と、ロロランの頭の中で電撃が弾けました。それはにずふわの方も同じだったようで、二人ともそろってびくんと跳ねて目を丸くします。

 静電気? いいえ……。


 ――脳裏によみがえる、前世の記憶。勇者として過ごした日々。魔王を倒した時のこと。

 その魔王の姿が、目の前にいるにずふわの姿と重なって。

 一方、にずふわの瞳の中に映るロロランの姿は、いつの日かの勇者の姿になっていて。


 お祭りの喧騒が消え、時間が止まった中。

 百合小説本を挟んで手を握る二人は――勇者と魔王の姿になっていました。

 それは一瞬の幻。一瞬の現実。


「……えっ?」


 お祭りの喧騒が戻ってきて、二人はそろって瞬きをします。

 握った手は、離せないまま。だっていまのは。


「えっ? えっ?」


 お互いそろって、指さします。互いに見てしまいました。見えてしまいました。気付いてしまいました。


 にずふわとは何者か。

 ロロランとは何者か。


「お、お前ぇぇぇ……」


 ロロランではない、元勇者の口調で。


「き、貴様、よもや……」


 あのふわふわガールなにずふわらしくない口調。


「え~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?!?!?」


 二人の百合小説作家の声が、会場に響き渡りました。

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