コミトリア祭
* * *
年に二回しか行われないコミトリア祭は今回も大盛り上がり。開催前、待機列は隣の列車駅まで伸びたそうです。祭りが始まったのなら、お目当てのものを求めて走り出す輩もいますから、運営やコミトリア祭を愛する有志が制止、案内をします。
「しっ、新刊を、一冊ずつ、お願いします……!」
百合同人小説サークル「黄昏別れ」のロロランのスペースも盛り上がっています。
「こちらは成人向けですが、年齢確認できるものはお持ちでしょうか?」
今回、ロロランが持ち込んだのは、前回までに出した本数種類に、今回の新刊二冊。その新刊の片方は、いわゆるえっちな本です。
スペースに来てくれたその人は、さっと名前入りのプレートを出します……成人向けの本が買える、その証拠となるものです。
「ありがとうございます」
確認が終われば、お金を受け取り、ロロランは本を渡します。嬉しそうに受け取ったその人は、恥ずかしそうに顔を赤くしていました。
「ロロランお姉さま……新刊……本当に楽しみにしてました……! そ、それと……これは前回の御本の……」
「あら……? ありがとうございます」
差し出されたのは手紙で、ロロランはふわりと笑って受け取ります。
――ファンレターだ! めっちゃ嬉しい~~~~!
なんて、表情には出しません。前世では熱血系勇者でしたが……いまの人生ロロランはクール風味なお嬢様系レディとして生きることに決めていましたから。
艶々の黒髪には、結構命を懸けています。白い肌だって、日焼けしないよう気を付けています。
勇者であった頃にはなれなかった、憧れの見た目、キャラクターです。転生したから叶いました。
「……この調子でいけば、閉会ちょうどくらいに全部出るかしら」
ロロランのサークルは、知名度のあるサークルでした。たまに列ができるほどに人気で、列ができなくとも、休む暇少なく本を求めて誰かがやってきます。
「すみません、新刊一冊ずつお願いします!」
と、新たに本を求めてやってきた人。これまでに様々なスペースを回って本を買ってきたのでしょう、その人は何冊もの本を抱えていました。
その中に、ロロランは見つけます。
『光の魔法が恋の魔法であることの証明』
とある百合小説サークルの新刊です。
ロロランの本を受け取れば、その人は次のスペースへ向かっていきました。一方、ロロランはつと、視線を会場の端へ向けます。そこにも、いくつかのスペースが並んでいます――ここに並ぶのは、超人気作家達ばかり。列ができるため、会場の端、つまり会場の壁際にスペースを設けられるのですが、彼らは「壁サークル」と呼ばれました。
その一つを、ロロランはじっと見つめてしまいます――「新刊:光の魔法が恋の魔法であることの証明」というポスターを掲げたサークルです。
――俺も買いに行けたらよかったのにな~!
超人気サークル『お砂糖おつまみ』です。思わずロロランは、心の中で「かつての自分」に戻って先を見つめます……『お砂糖おつまみ』には、今回も沢山の人が並んでいます。
――さっと行って、さっと買ってこれたら、いまここで読めるんだよな~!
ところがあの行列ですし、ロロランのサークル『黄昏別れ』もそれなりに名を馳せたサークルです。「お手伝い」はいませんし、買いに行く暇もありません、買えたとしてものんびり読んでいる暇もありません。
ではあの本を諦めてしまうのか?
いえいえそんなことはありません。元勇者のいいところ、それは「何事も諦めない精神」です。だからこそ過酷な旅を続けられ、魔王を倒すこともできたのですが……まあそれはさておき、いまここで買えない本を買うにはどうしたらいいか、なんて、簡単な問題なのです。
伝書鳩販売書店で注文済みです。おうちに帰ればあら不思議! 欲しかったあの本もこの本も届いてる!
……勇者として生きていた頃にはなかった技術です。技術の進化って本当にすごい、命を救う。
何にしても、いまは超人気サークル『お砂糖おつまみ』の列には並べません。
――スペースで本を手渡しているのは、とてもかわいらしい格好をした女の子です。ふりふりのドレスに、大きなリボン。髪の毛もふわふわ。まるでお人形のようなかわいらしさです。
「に、にずふわさん! 新刊、楽しみにしていました……!」
「わあ……ありがとうございます」
お人形のような彼女は、これまたお人形のように笑います。まるでお砂糖とか生クリームとかシロップとか、そんなものでできているかのような彼女。主食はキャンディかな? お花の蜜かな? 今のやり取りで、彼女こそが『お砂糖おつまみ』の主――「にずふわ」なのだとロロランは察します。
あれほどに素晴らしい百合を書いてくださるにずふわさんがそこにいるのです、緊張して、スペースまで本を買いになんていけません!
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