元勇者が百合小説を同人誌即売会で販売していたら元魔王に再会しちゃった話
ひゐ(宵々屋)
元勇者、現百合小説作家
むかしむかしの、お話です。
世界には魔王が存在し、魔王の力の影響を受けた魔物が、人々を襲い、苦しめていました。
けれどもそこに勇者が現れて、魔王を倒しました。
そうして世界は平和を取り戻しました。
数百年経ったいまでも、ほとんど平和。
平和な時代にこそ、文化は栄え、祭りが行われるのなら、盛大になるものです。
「半年ぶりですわね……コクテン街……コミトリア祭……!」
――コクテン街で年に二回開かれる「コミトリア祭」も、回数を重ねるごとに、盛り上がりを見せていました。今回は、前回よりもまた敷地を広く使って、多くの「スペース」が並ぶよう、調整されたようです。会場となった屋外大広場を見れば、いくつものスペースが並んでいます。テーブルと椅子だけの、とても簡易的な出店のようにも見えますが、そこに並べられるのは全て「宝」なのです。
コミトリア祭とは、一風変わったお祭りでした。このお祭りでは、誰もが店主として参加申請でき、店主は自分の好きなものを本にしたり、絵画にしたり、立体物にしたり、そのほかにも様々な表現方法で「好き」を表現し、それを売り買いするお祭りなのです。
つまり、文化と好きと好奇心のお祭りなのです!
「なあ、サークル『パルパテ』さん、突発で新刊もう一冊出すって! チェック入れたか?」
「どうしよう……どのルートで回ろうかまだ決まんない! こっちのルートで回ると、絶対ここのサークルの新刊売り切れてるだろうし、かといってこちらのルートじゃ……」
「トイレ行った? これ大事だぞ!」
「なあ、鳩伝言板にあったんだけど『禁酒四十七回目』さん、乗ってた列車が魔物に襲われて遅刻確定らしい……」
お祭りはまだ始まっていませんが、既に多くの人々が集まっています。彼らは「一般参加」と呼ばれる人々で、お祭りが始まるまでは、列を成して待機することになります。
――一方、艶やかな黒髪を風になびかせ、会場を見下ろしていた一つの人影は。
「出展者の方ですか? チケットのご提示をお願いします」
「これでよろしくて?」
「はい! 大丈夫です」
待機列に並ぶことなく、会場内へ。
そう、彼女は店主側の人間。つまり出展者。
百合小説同人サークル「黄昏別れ」のロロランでした。
会場内に入って、ロロランはまるで黒曜石のように鋭い瞳で、辺りを見回します。やっと自分のスペースを見つけ、そこに事前に配達をお願いしておいた本――自分が書いた百合小説があることを確認します。
「――おっしゃ、新刊ちゃんと届いてるぜ!」
思わず少年みたいにそう言ってしまったので、周囲を見回し、誰にも聞かれていないか確認して改めて。
「……よかった、新刊も無事に届いていますわね……列車も魔物に襲われることがなかったし、今日は素敵な一日になりそうね……」
そういえば、どこかのサークルが乗っていた列車が魔物に襲われて遅刻確定……なんて誰かが言っていたような。
本当に、そんなことがなくてよかったとロロランは思います。魔物に襲われたら大変です。
「前世じゃアホほど剣振ってたし、魔法も使ってたけどよぉ……今の人生じゃ一回もそんなことねぇし……おっと――わたくし、ペンと本より重いものなんて、持てませんもの」
前世では魔王を倒した青年であったものの、いま百合小説作家として活動している一般女性ロロランに、記憶こそあるものの、魔物を退ける力なんてありませんから。
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