③カシスオレンジ(慣れないお酒と男女の先輩後輩)
お姉ちゃんが言っていた。
女子大生が飲むべきは『カシスオレンジ』だよって。
昔からすごく男の人に人気のあったお姉ちゃんの言うことだから間違いない。
だから私は飲んだ。カシスオレンジを。
――たくさん。
× × ×
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
初めて出席したサークルの飲み会のあと、男の子たちはみんなフラフラとしていた。
そのなかの一人である、同じクラスの達紀くんが焦点の合わない目でご機嫌に言う。
「花ちゃんってお酒強いんやなあ」
「……えっ、どうして?」
「やって、めちゃくちゃお酒飲むんやもん」
「でも私『カシスオレンジ』しか飲んでないよ?」
「あはは! そりゃ確かにそうやけど……ピッチャー二杯分飲んどってそれ言う?」
達紀くんが急にトーンを落として言うので、顔が赤くなってしまった。
どうやら私は、また世間知らずなことをしでかしたらしい。
「ご、ごめんね……」
思わず涙がぽろぽろとこぼれてしまう。
私なんか誰かと一緒にいるだけで迷惑を掛けちゃうんだ。
レースハンカチで押さえても涙が止まらない。
「えっ、あっ、なんで泣くん!?」
達紀くんが慌ててこの場から立ち去る。
うう、もうこのサークルでやっていくのは無理だろうなあ。
私にもう少し常識が備わっていれば……。
嗚咽を上げていると、ふいに右頬にひんやりとした感触がした。
びっくりして、勢いよくそちらに視線を向ける。
自販機から買ったばかりなのだろうか、まだ冷たい水のペットボトルが当てられていた。
「これ、飲み」
達紀くんだった。
「なんや花ちゃんも酔っ払ってたんやなあ。顔色変わらんから全然気づかんかったわ。てか泣き上戸になるとかかわいいとこあるやん。ほかの男の前でそんな表情せんかったのめっちゃ嬉1ybfし……」
水をちまちまと舐めながら、ぽけーっとした頭で達紀くんの言葉を聞く。
酔っ払っている、確かに彼の言うとおりかもしれない。
低い声で素早くしゃべる達紀くんの語り口は、なんだかお坊さんの心地いい読経のようだった。
「眠い……」
慣れないお酒も相俟って、まぶたが不可抗力で落ちてくる。
「ああ、待ちや!」
ことんと眠りに落ちる瞬間、温かな腕に抱きかかえられた心地がした。
そのあと、すごく幸せな夢を見た気がする。
× × ×
翌朝おきると、私は達紀くんと一緒に大学前のカラオケルームにいた。
どうやら達紀くんは眠りこけた私をここまで運んでくれたようだった。
「おう、起きた?」彼も先ほどまで寝ていたようで寝ぼけ眼をこすっている。
「ごめんなあ、こんなところに連れ込んでしもて」
彼曰く。
「花ちゃんから一人暮らしってところまでは聞いたんやけど、どこに住んでるのかいまいち聞き取れなかってん。女友達もみんな連絡取れんし。花ちゃんが安心できるところってどこやろーって考えてたらここになってもた」
後ろ頭を掻く達紀くんに私は深々と頭を下げた。
「迷惑かけてごめんっ!」
「いやそんな迷惑やなんて。てかあれはブレイコーやったんやから、謝る必要ないやろ」
「でも、どうにかしてお詫びを」
迷惑をかけすぎて顔から火が出そうだ。
どうしたらチャラにしてもらえるんだろう。
臓器のひとつくらい……。
……なんて考えていると達紀くんが「せやったら」と軽い調子で提案してきた。
「再来週、三連休あるやん。そんとき千葉の遊園地に遊びに行かへん? 男同士で行くのもなんや気が引けてもーて、よかったら一緒に行ってくれると嬉しいんやけど……あ、もちろん無理にとは言わんで」
相変わらず、達紀くんは時々早口になる。私はもちろん「うん!」食い気味に応えた。もともと千葉の遊園地は好きなのだ。そこに一緒に行くことが達紀くんへの恩返しになるのなら、こんなに嬉しいことはない。
「楽しみにしてるね!」
達紀くんは「おー……」と嬉しそうにはにかんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます