②缶チューハイ(動画配信者と視聴者)
プルタブを引く。
強炭酸がはじけ、レモンの香りが広がる。
――強烈なアルコールの匂いとともに。
ルカは、パソコン画面から目を離さぬまま、その缶チューハイを呷った。ロング缶だが、喉が乾いていたせいで、一気に半分ほど飲んでしまう。
今、ルカは動画サイトで、『アルノスケ』として自身のファンに向けて生配信を行っているところだった。配信タイトルは『【雑談】昨日解禁された新情報を一緒に見ていく』というもの。会社にゲーム実況をバレるのが嫌なので、顔は出していない。しかし定期的に配信しているのもあって一定の視聴者はおり、朝一番の配信にもかかわらずコメント量はまずまずだった。
<今、チューハイ開けた?>
<朝から飲んでるの草>
<さすがアル中の鑑>
<毎日飲んでて、イケボなの羨ましいんだが>
<アルノスケが飲むなら、俺も飲むか>
流れていく大量のコメントに、ルカは器用に反応をしていく。
「やっぱ飲まないと人生やってられんからな」
「休みなんだから、何時から飲んだっていいでしょ」
「いつものレモンチューハイです、ハイ。コンビニに売ってるやつ。度数九%のロング缶ね」
「そんなに美味しくないけど。酒なんて酔えればいいんだから、気にしてない」
「そんで、昨日の夜に公開されたゲームの新情報ね。俺もまだチェックしてないよ。噂によると環境激変しそうって聞いたけどマジ?」
「それより新装備のデザインが面白いから見ろって? なんじゃそりゃ。デザインなんかより性能のほうが重要だろ」
そこまで言って、ルカは口を
それは、その新装備の意匠が――あまりにも彼の記憶を刺激したからだった。
✕ ✕ ✕
思い出したくもない。
社会人二年目の冬のことだった。
「えっ……」
プレゼントを渡したときの、彼女の引きつった顔は忘れられない。彼女の期待が一瞬で――本当に一瞬で――萎んだのが見て取れた。しかしその理由が、ルカにはまったくわからない。
「ご、ごめん。ネックレス嫌いだった?」
「嫌いじゃないけど……」
それきり彼女は口ごもる。長い長い沈黙だった。
ルカはこの状況に至るまでを思い出す。
今日は彼女の誕生日。女子高生の彼女はルカにとって初めてできた恋人だった。ちょうど土曜日だったため、ルカたちは丸一日使ってデートをした。ルカは事前に張り切って計画を練っていて、それを忠実に実行した。
彼女の好きな水族館に行って(四六〇〇円)、美味しいランチを食べて(二〇〇〇円)、辺りのイルミネーションを眺めながら歩き(入場料フリー)、プレゼントを渡す。ここまで完璧だったはずだ。
「――ちょっと訊いていいかな」
今日の出来事を不安になりながら思い返していると、彼女が小さな声でルカに問いかけてきた。
「これ、どこで買ったの?」
「最寄りのショッピングモールだけど……」
「そうだろうと思った。このブランド、プチプラでお手頃だもんね……高校生がお小遣いで買えちゃうくらい。このデザインだと一万円するかしないかくらいかな?」
驚いた。大当たりである。
今日のデートを、トータルで二万円に収められる、ルカとしてはこれ以上ないプレゼントだった。可愛らしいピンクのハート柄のデザインも、いかにも女の子が好きそうでピッタリだと思った。
しかし――。
「すごいね。安物すぎて社会人からのプレゼントに思えない。それとも私にはお金を払う価値はないってことなのかな?」
「そんな……」
こちらとしては、貯金を崩してまで奮発したつもりである。
現にルカは、今までアクセサリーに一万円も払ったことがない。
というかそんな金額、月収十八万円では考えられないくらいの贅沢だ。
とりあえずルカが謝ろうとする前に、彼女は「もういいよ別れよう」と言った。
「こんなんじゃ社会人と付き合っている意味ないし。もっとお金を出してくれる人はいるからね」
この子、こんな性格だったっけ……。
ルカが呆然としている間に、彼女はさっさと視界から消えてしまっていた。
✕ ✕ ✕
今、目の前のパソコン画面にはソーシャルゲームの新情報が映し出されている。その中のひとつに、ハート型のネックレスを模した装備があった。先ほど視聴者が話題にしていたものだ。そのデザインはかつてルカが彼女に渡したそれとよく似ている。
<ネックレスのデザインださすぎない?>
<女児用っぽい>
<こういうオマケがついたお菓子、昔売ってた気がする>
<安っぽすぎるんだよな〜>
ユーザーからは概ね不評のようである。高級感のあるイラストが売りのゲームなので無理もないかもしれない。
しかし、ルカはあの冬の思い出が蘇ってイライラとしていた。ルカは缶チューハイを煽って机に叩きつける。
「なに言ってんだよ、別に普通のデザインだろうが!」
<急にキレだして草>
<【悲報】アルノスケのセンス、絶望的>
ルカは呪詛のような言葉を繰り返しながら、新情報が記載されたページを何度も連打して閉じる。
そして新たに別のゲームを起動した。
「雑談だけのつもりだったけど、ストレス解消したいからゲームするわ」
コメント欄が待ってましたとばかりに一斉にわく。
プレイするゲームはルカが得意なFPSだ。ルカは缶チューハイをもう一本用意して、五分と経たないうちに飲み干す。
立ち上がったゲームで、ルカは銃で相手をひたすらに撃ち抜きはじめる。
架空の世界でゾンビがバタバタと倒れ、動かなくなる。快感だった。
いやな気持は全部、安酒とゲームが吹き飛ばしてくれる!
その先にあるものを考えたって仕方ない。
どうせ結局みんな、最後は死ぬんだから!
回り始めたアルコールが、どうにも気持ち悪くて心地よかった。
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