第27話 懐かしく幸せな
宮殿から戻ってきた翌日。
このお屋敷に来て初めて一緒に朝食を食べたセオドアは、出掛けて行ったかと思う、すぐに帰って来た。
どこに行っていたのかはわからないけど、帰ってくるなり部屋で裁縫をする私の前に立った。
「食べるか?」
そして、テーブルに布袋が二つ置かれた。
両手の平に乗るくらいの大きさで、随分と重さの違いがあった。
何だろうと中を覗いて、
「お米!オオバ!」
思わず弾んだ声が出た。
高価な物ではなくても、かなり遠くの東の商人さんが売りに来てくれない限りはなかなか買えないのに、いったいどこで見つけてきたのかと、セオドアの顔を見上げた。
「ただ、エクルクス出身の料理人は調理法を知らない」
「お鍋でお米を炊くんだよ。セオドアが手伝ってくれたらできる」
「わかった。教えてくれ」
何気なく言った言葉だったけど、あっさりと返事をしたセオドアは、調理場へと向かった。
その後を私も追いかける。
オオバはすぐに洗って、塩漬けにして蓋付きの容器に入れて一番寒い所に置いた。
それらはすべてセオドアがしてくれた。
「明日、これが美味しくなるの」
「米を炊くのは明日なんだな?」
「うん」
楽しみにしていた、その翌日。
「で、どうすればいいんだ?」
調理場では、髪を結んでエプロンを身につけたセオドアがポンプから出てくる水で、手をジャブジャブと洗っていた。
「お米を洗うの」
「米を洗う?」
「ボウルに入れて、お水でシャカシャカ洗って、こんな感じに傾けてお水を捨ててってことを何度か繰り返すの」
手の動きで説明すると、セオドアはその通りにしてくれる。
「それで、それは少し置いておいて、今度はお鍋に移して、お水はお米からこれくらいに入れて、炊く!」
説明が終わり、その通りの手順を経た鍋が火にかけられて見守られること十分余り。
「おい、何か溢れているぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫。ちょっと火を弱めるの」
「お前の大丈夫ほど信用できないものはない」
どうしてなのか首を傾げる。
「蓋開けなくていいのか?」
「開けちゃダメなの」
そんな会話をしながら、やたらと真剣に鍋を見つめているセオドアの姿が面白かった。
「多分、できた」
火を消して蒸らし終わって、蓋を開けた時が待ち望んだ幸せの瞬間だった。
「できてる!」
炊き立てのいい香りがして、真っ白いご飯から湯気がホカホカ立ち昇る。
セオドアも興味深そうに鍋の中を眺めていた。
「懐かしい……」
おばあちゃんの思い出が一緒に思い出される。
こんな風に、おばあちゃんと一緒にニコニコしながらお鍋の中を眺めてて、それで、おばあちゃんの手で出来上がっていくおにぎりを楽しみにしてて。
それが思い出されても、辛くはなかった。
胸の内側が温かいもので満たされる。
「これから、どうするんだ?」
「塩漬けにしたオオバを刻んで、ボウルに移したご飯と混ぜるの」
それをセオドアにお願いすると、包丁さばきがビックリするくらい上手かった。
ナイフを扱い慣れているからなのかな。
ボウルの中で混ぜられて、良い香りがさらに強まる。
「で、それを握って」
「握る?」
「手にお水をつけて、こんな感じで三角にするの」
また私の手の動きを真似て、熱々ご飯を手に取ったセオドアは、
「…………熱いな」
そこは苦戦していた。
でも、とても几帳面に三角のおにぎりを作った。
「ほら、食べろ」
お皿に並んだいくつかの三角おにぎりが調理台に置かれて、椅子も置かれて、私はそこに座った。
すぐ横にセオドアも座る。
まだ湯気が昇るおにぎりを手に持って、パクリと口にすると、一気に懐かしい味が口に広がった。
「美味しい!おばあちゃんの味だ」
何かを食べて美味しいって、久しぶりに思えた。
「ありがとう。もう、食べられないと思ってた」
セオドアは驚いた様子で私の顔を見ている。
多分、美味しさにつられて口角が思いっきり上がっていたからだ。
美味しくて、ほっぺが落ちるって感覚を久しぶりに味わっていた。
「セオドアには馴染みがないかもしれないけど、食べてみて」
私に促されて一つを手に取ると、
「ああ、そうか。この味か……」
一口食べて、何かを考え込んでいた。
残りのおにぎりは全部食べていいと言われて、喜んで全部をお腹の中に入れた。
「一気にか……」
ちょっと呆れられていたけど、食欲があるのは良い事だと言われて、セオドアは片付けに取り掛かった。
調理場を元通りにし終えたセオドアは、いつもの顔で私に向き直る。
「明日の早朝には出立するから」
「うん」
黙っていなくならないだけマシだ。
「今回は、近況の手紙くらいは書く。前回の時は滅茶苦茶説教された」
説教はメイドさんにされたのかな。
きっと、そうなんだろうな。
「怒られているところ、ちょっと見てみたかったかも」
それを言うと、あからさまに不機嫌な顔をしたから、やっぱり見てみたかったなと余計に強く思っていた。
この後、早朝まで私と一緒に過ごしてくれたセオドアだったけど、私が目覚めた時にはすでに南部の戦場に行ってしまっていた。
声をかけてくれたらよかったのに、やっぱり薄情者だと思った。
ただ、言った通り、戦場から手紙が届けられた。
たくさん、届けられた。
かなりの頻度だった。
こんなにまめに手紙をくれる人とは知らなかった。
でも、手紙で説教してくる。
体を冷やすな。ちゃんと体調管理をしてもらえと。
ちょっとだけうるさいと思ってしまう。
自分はどうなんだと。
カーティスの為に自分の命を盾としている人に、私の心配なんかされたくない。
命令だからと、セオドアは言うのか。
そんなものはもう無視してしまっているくせに。
腹立ち紛れに封筒の中に手紙を押し込んでから、視線を横に置かれた新聞に移した。
セオドアやカーティスが南部に向かったと同時に、帝都周辺は一気に治安が悪くなった。
南部からの物量が途絶えてしまったせいで、物価の高騰が止まらずに、市民の不満は噴出しているからとメイドさんも教えてくれた。
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