第22話 変わるもの、変わらないもの

「月のものが遅れております」


 ボーッと空を眺めていると、そばにやって来たメイドさんから唐突に告げられた。


 それの意味するものはすぐに理解しても、そうなのかと、特に私の中で揺れ動くものはなかった。


 あまり先のことを考えないようにしていたからかもしれない。


「お調べしますが、よろしいでしょうか?」


 調べたらわかるものなんだ。


「構わないけど、もし、妊娠してることがわかったら、すぐにエクルクスに知らされるの?」


「はい。そうなりますね」


「せめて、セオドアには自分から言いたい」


「わかりました」


 メイドさんの様子は淡々としている。


 どうせセオドアに知らせたところで、あの人が何も思わないことはわかっている。


 でも、他人の口からセオドアに伝わるのはちょっと嫌だった。


 エクルクスに帝国とカーティスが見限られようとしている今、私の妊娠になど意味があるのかとは思うけど、それは向こうが決めることなのか。


 その日のうちに見た事がない物を持ってきたメイドさんは、私の体を少しだけいじって、“御懐妊ですね”と告げた。


 それがわかったところで、今すぐに私の中で変化するものはなかった。


 何も、実感がわかなかったから。


 これからどうするのか、そんな事なんか考えられるわけもなく。


 いつもの場所でしばらく空を眺めていると、隣に人が座った。


 セオドアが、私の隣に同じように腰を下ろしていた。


「話があるそうだな」


 メイドさんが伝えてくれたのかな。


 すぐに来てもらえたのは嬉しいことだけど、でも、それを告げたところで何も変わらないのだとは思っていた。


「妊娠してるって、メイドさんが言った」


 ちらっと、横目で表情を窺った。


「…………」


 予想通りに、少しの変化も見られない。


 何も言わないし。


 何の反応も見せない。


 迷惑なのか、困らせているのか。


 それすらわからない。


「これからは外では過ごすな」


 それで、私に言ったことはこれだった。


「それはイヤ」


「じゃあ、もっと厚めの毛布を用意する。それが届いたら、お前は好きなだけここで過ごせばいい。それから、ちゃんと体調管理はしてもらえ」


 そんな義務的に普通の心配ばかりしてくれなくていい。


「エクルクスは、私をどうする?もう、用済み?」


「さぁな。お前は、今日は部屋に戻れ」


「ちょっとだけそばにいて」


 返事の代わりに私を促して立たせると、部屋まで一緒に行ってくれた。


「休め。自覚してないだろ。顔色が滅茶苦茶悪くなってる」


 寝ろと寝具の中に押し込まれると、セオドアはベッドの枕側の端に座って私に背を向けた。


 目の前にきた服の端っこを握る。


 でも、すぐにそれは引っ張られて私の手から離された。


 嫌なのかと、珍しくハッキリと拒絶されたと思ったら、セオドアは私の手を握ってくれていた。


 私がよほど悲壮な顔をしているように映ったみたいで、セオドアはしばらくそこから動かなかった。


 一言も喋りはしなかったけど。




 厚い毛布は、翌日のお昼には届けられていた。


 私にとって毛布は、子供の頃から手放せない物。


 公爵家にいた時も、どれだけ心細くて寂しい夜も、毛布に包まっていれば耐えることができた。


 今度の毛布は、今までのよりももっとフワフワしたとても触り心地の良い物。


 これを選んでくれたセオドアには、たくさん感謝した。


 白色のフワフワ毛布に包まれていたら、そんな感じの生き物がエクルクスにいたと、セオドアが可笑しそうに言っていたのが印象的だった。


 妊娠がわかってから生活が一変するといったことはなかった。


 自分の見た目も何も変わらないから変な感じだった。


 ただ、そのまま何も無いというわけではなかったようで、しばらくして今度はセオドアから話があると言われて、応接間で向かい合っていた。


「私を、エクルクスに?」


「王太子がお前に会いたいと言っているそうだ」


 そんな話があると教えられていた。


「…………人質?」


 誰に対してのというのはわからないけど、なんとなくそう思った。


「どうだろうな。俺も、あの人の思考はわからない」


 それを聞いて受けた印象は、セオドアが王太子を苦手と思っているということ。


 珍しいなと思った。


 他者に対してこんな反応を見せるのは。


 お母さんやナデージュのことを話す時とは、またちょっと違うような。


「どんな人なの?」


「厳しい環境に置かれた国の王子だ」


「すごくわかりにくいような、わかりやすいような……」


「お前の妊娠報告を受けて、俺がお前に誑し込まれていないか心配しているんだろ。お前は、側妃ジョエルの娘でもあるからな」


「……迷惑をかけて……ごめんなさい」


「俺はお前に詫びれと言ったか?こんなことになったのは、お前が勝手に結婚を決められてしまったせいだろ」


「でも、私が……」


「お前は悪くない」


 セオドアは、キッパリと断言していた。


「エクルクスは、ここからだとどのくらいかかる?」


「今はまだ雪の残る時期だ。国境を越えるだけでも二十日は見ておきたいが、困るのはその先から、馬車だと進めなくなる」


 それだけでも、どれだけ厳しい冬なのかがわかる。


「だから、断った」


「え?」


 不安から、無意識のうちにテーブルを見つめていた視線を、セオドアに戻した。


「フィルマをエクルクスには行かせないと伝えてある」


「それで、大丈夫なの?」


「そもそもカーティスが了承していない」


 殿下の命令が優先されると言っていたけど、それは王太子のことではないのかな。


「あんな寒い場所にお前が行く必要はない」


 本当にそれでいいのかと、逆に不安になる。


「お前はここで大人しくしていろ」


 セオドアは念を押すように言って、それでこの話はここで終わりだと言いたいようだった。




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