第21話 見限られたのは

 就寝前の最後の確認をメイドさんがしにきてくれた。


 私に言葉をかけて部屋から出て行くと、少しの間を置いて、メイドさんのかすかな声が廊下から聞こえた。


 誰かに話しかけている。


 何を言ったかはハッキリとは聞こえないし、相手の声も聞こえてはこない。


 でも、裸足のまま廊下に飛び出していた。


 そこには、おおよそ四十日ぶりに見るセオドアの姿があった。


 一緒にいたメイドさんは一度私を振り返って見たけど、すぐに廊下の向こうへと姿を消していた。


「お前はまた……」


 セオドアの視線が私の足元にいく。


 戻ってきて早々に私を叱りたいようだ。


 どこかに怪我をしたわけでもない、変わりのない様子にひとまずは安堵する。


 その姿に、自分の胸の中でいろんなものがいっぱいになる。


「部屋に戻れ。一番寒い時期は過ぎても、そんな格好でウロウロすれば冷えるだろ」


 一人では嫌だと、セオドアの服を握りしめる。


 それだけで私が言いたいことは伝わっていた。


 顔を見てしまえば、ダメだった。


 聞きたいことも、言いたいことも忘れてしまう。


 罪悪感を持っていても、結局、セオドアが戻ってくれば同じことを繰り返しているのだから、本当に私はどうしようもない存在で。


 翌朝、部屋で目覚めると、もうセオドアはいなくて、また部屋に一人で残されていた。


 今日はいつものメイドさんがいつもの時間に部屋に来なくて、寝起きの気怠い頭でも変だなって思った。


 部屋のカーテンはまだ閉められていて薄暗い。


 耳をすましてみると、階下で何人かが行き交う気配があった。


 それは、いつもとは違うことで……


 歩き方から差し迫った何かが起きているというわけではないみたいだから、何も着ていない体にシーツを巻きつけて、ベッドの上でそのまま動かずに待っていた。


「遅れて、申し訳ありません」 


 メイドさんは、いつもよりも小一時間ほど遅れて部屋にやってきた。


「また何かあったの?」


「その説明はセオドアがしますので、朝のお支度がすみ次第、階下へ御案内します」


 部屋にはいなかったけど、階下にはいるのか。


 それは、とても珍しいことだった。


 何かを省かれることなく、朝のお世話をしっかりとされた私は、メイドさんの後について一階へと降りていく。


 セオドアは、応接間のソファーに座って待っていたようだった。


「セオドア、何があったの?」


 部屋に案内してくれたメイドさんは、私とセオドアを残して退室していった。


 ここには、私とセオドア二人だけだ。


 向かい合ってソファーに座ると、セオドアは話し始めた。


「カーティスを支持していた貴族の一部が、南部に寝返った。一度皇宮には行ってきたが、お前の様子を見に戻ってきた。お前もまた狙われている」


 そこで気付いた。


 セオドアから血の匂いがしていることに。


「ジョエルが、南部との境界線に位置する領主達をそそのかして、南部に寝返らせている。前皇帝バルドリックの血筋を根絶やしにするつもりだ」


 前皇帝の血筋を根絶やし?


「お前と、カーティスを殺すつもりなんだ」


「でも、ナデージュはカーティスと結婚するんじゃ……」


 ナデージュは、お母さんの娘で、エクルクスの王女で。


「セオドアの国は?お母さんをどうするの?帝国への協力をやめるの?」


「まだ、わからない」


「お母さんは、最終的に何がしたいのかな。ナデージュまで見捨てたのかな……」


 ナデージュは、望まれて生まれた子のはずなのに。


「お母さんのことはずっと、監視していたんだよね?」


「そうだな。王太子殿下の指示で、ジョエルは、エクルクスにいる時から監視下にあった」


 エクルクスの王太子……


 その人がセオドアの主ってことなのか。


「でも、じゃあ、その寝返えらせることは、自由にさせたってことになるの?」


「そうだな」


 もう、エクルクスは、帝国に見切りをつけているのかな。


 帝国というか、カーティスというのか。


 どうなっちゃうんだろ。


 帝国内で争いが増えれば、国の力は弱まる。


 そこに、エクルクスが入り込んでくる。


 もう、北部は半分、エクルクスのものになりかけている。


 結局、カーティスもいいように利用されていたんだね。


「エクルクスが生き残れば、それでいいってことなんだよね」


 それにはセオドアははっきりと答えない。


 カーティスが見限られているのなら、セオドアはどうするんだろ。


 セオドアは、エクルクスに帰るの?と、聞けるはずもなく、


「どうして、ここまで私に話したの?」


「何かあれば知らせると言っただろ」


「でも、喋りすぎでは……」


「壁に囲まれて監視の中で生活しているお前が何を知ったところで、何かできるわけではないだろ」


「それはそうだけど、セオドアが困るんじゃ……」


「お前が気にすることじゃない」


 ここまで話しておきながら、素っ気ない。


「今、聞きたいことは?」


「私はまだここにいていいの?」


「ああ。ここにいろ。他には?」


「……何もない」


 それを聞くと、すぐ戻ると言ってセオドアは何処かへと行って、それから、朝食を食べている間はその姿をみることはなかった。


 すでに周囲の変化は起きていた。


 お屋敷の周りで警戒している人が増えていた。


 それと、それからしばらくは、数日おきにセオドアが屋敷に戻ってきてくれていた。





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