第20話 自業自得と罪悪感

 ここで誰と何をしていたのかはもう筒抜けのはずなのに、いつものメイドさんは表情一つ変えずに、いつもとは違うこの部屋に私の朝の支度をしに訪れた。


 脱ぎ散らかされていたドレス類が、拾い集められて椅子に置かれる。


「お身体で辛い所はありませんか?」


 でも、いつもと違ったのは、最初にそれを尋ねられたということ。


「特には……」


「皇族となる御子を宿したかもしれませんので、何か体調の変化がありましたらすぐにお申し付けください」


 その言葉を受けて、されるがまま温かいタオルで体を拭いてもらっている間、ぼんやりしながらも思っていたことがあった。


 もしも私の妊娠がわかったりしたら、皇宮よりも先にエクルクスに知らされるのか、と。


 その先は、何が起きるのか。


 それが、利用されるということなのかな。


「肩の傷はセオドアによるものですか?」


「違うよ」


「手当てをしますね」


 肩にお薬が塗られて、ガーゼがあてられると、包帯も巻かれて大袈裟な感じにはなった。


 お母さんから与えられた痛みはやわらいだ。


 でもやっぱり、私に与えられる安心なんかない。


 それもそのはずで、自業自得でもあるし、新たな罪悪感も生まれていた。


「セオドアはしばらく戻りませんので」


 着衣が済むと、メイドさんからそれが告げられた。


「どうして……」


 もう戻ってこないのではと、一瞬で不安が広がった。


「南部の監視に向かったのです。元々の予定にあったことです」


 安心させるように、というわけではないけど、メイドさんがちゃんと理由を教えてくれて、不安は小さくなる。


 大きくなったり、小さくなったり、私の中にあるものはいつか無くなってくれるのか。




 この数日後、南方で反乱が起きて、そのまま大規模な戦闘になったと聞いた。


 帝国南部の一部の領主が独立を宣言したとかで。


 南部は有数の穀倉地帯が広がっているのに、そこからの穀物の流通が止まるとどうなるのか。


 セオドアがその対処に向かったから、しばらく戻ってくる様子はなかった。


 そんな争いのど真ん中に行って、どう過ごしているのか。


 無事であるのか。


 危険な場所に赴いている人に、私の無茶な命令を聞いてどう思ったのかなんて聞けるわけもなく、帝国中が大きな動乱に飲まれかけている中、私の心配は結局、自分本位のことで。


「フィルマ様、王女殿下がお呼びです」


「ナデージュ?」


 上の空で過ごしていると、メイドさんから告げられた。


 もちろん、皇宮になど行きたくない。


 ナデージュは何の用事があるのかな。


「お母さんは、今は、どこに……」


「詳細はお伝えできませんが、宮殿からは遠く離れた場所に向かっています。今すぐに引き返しても、貴女と会うことはありませんので、ご安心を」


 カーティス以上に会いたくないのがお母さんだから、いない事が確実ならナデージュになら会いに行ってもいい。


 これも決定事項だったようで、程なくして屋敷の前に到着した馬車は、私を強制的に乗せて皇宮に向かった。


 私をお茶に誘ったとのことだけど、皇宮のサロンで待っていたナデージュの表情は穏やかなものではなかった。


「あなた、実の兄に色目を使っているのわかってる?」


 扉は開け放たれたまま、サロンに入るなり刺すような視線を向けられていた。


 先日の夜会のことを言っているのだと思う。


 私に言われても、本当に、そんなつもりは少しもないのに。


「それに、どうして私のドレスよりも貴女の方が高価なものだったのよ」


 それには首を傾げた。


 ドレスの値段などは、見ただけでは私には判断できない。


「カーティスが贈ってくれたものだから、わからない。ごめんなさい」


「なによ、それ!?」


 ナデージュは、私の答えに納得していない様子だ。


「私のだって、カーティス様が贈ってくれたものなのに」


 それは私にではなくて、贈り主のカーティスに直接聞くべきなのではと思うけど、また怒りそうだから言えなかった。


「聞いているの!?」


「ナデージュは、どうしてそんなに怒っているの?何が心配なの?私はもう結婚しているし、ナデージュも婚約しているよね?」


 カーティスの方はともかくとして、


「本当に私の方が、カーティスに何かをしたように見えたの?」


 問いかけると、ナデージュの視線が動揺するように彷徨っている。


「カーティスと上手くいってないの?二人で話したりはしないの?」


「うるさいわね!!」


 何かを刺激してしまったのか、激昂したナデージュに、ティーカップのお茶を頭から浴びせられていた。


 髪から、お茶がポタポタと垂れていく。


「ナデージュ!!何をしている!!」


 そこでカーティスが駆け寄ってきたかと思うと、バシッと音がするほどにナデージュの頬を平手打ちしていた。


 その行動に、少なからず驚きを隠せなかった。


 頬を押さえたナデージュは、呆然と目を見開いてカーティスを見上げている。


 そして、両目に涙を浮かべて、小走りで部屋から出ていった。


「大丈夫か、フィルマ。すぐに冷そう」


 カーティスの指示で近くにいたメイドが私に近付いてくるけど、それを制してカーティスに言った。


「どうして、ナデージュをぶったの?」


「フィルマに火傷させたからだ。痕が残ったら大変だ。冷やさないと」


「大丈夫。もう冷めていたから。カーティスはすぐにナデージュのところに行って」


「その必要はない」


「ナデージュのことを大切にしないと。ナデージュの国の協力がないと、困るのでしょう?」


「お前が傷付けられるのを容認しなければならないほどではない」


 カーティスの優先順位は絶対に間違っている。


 セオドアがいない状況で、こんなことで二人を拗らせたくない。


「帰る……また、ナデージュを怒らせてしまって……ごめんなさい……お願いだから、ナデージュに謝って」


「わかった。お前がそう言うのなら。だが、もう少しゆっくりしていってくれ、俺と」


「帰る。南部で大変なことが起こっているって聞いたよ。邪魔したくないから。ナデージュに、ごめんなさいって伝えて」


「ああ、わかった……」


 カーティスに背を向けて出口に向かうと、彼はその場から動かずにいたようだった。


 来た意味があったのか疑問に思いながらも、壁で囲まれた屋敷に帰れることに安堵していた。


 それから、ナデージュとカーティスがどうしていたかはわからない。


 さすがに暇であるはずもないカーティスは、南部への対応で忙しくしていたと、少しだけメイドさんから聞いた。


 ナデージュを怒らせてばかりの私は、エクルクスに制裁されたりはしないのかと、ほんの少しだけ思わなくもなかったけど、何もないままひと月以上が過ぎて、それはそのまま同じだけ、セオドアとも会えずじまいの日数が過ぎていた。




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