第19話 毒 *性描写(微)注意
「行くぞ、フィルマ。相手にするな」
セオドアが腕を掴んで、お母さんの横を通り過ぎようとした時だった。
「フィルマ」
生まれて初めて名前を呼ばれて、近付いてきたお母さんに、セオドアから引き離されるように抱きしめられていた。
そして、
「どうしてお前が、まだ生きているのよ」
生まれて初めて、お母さんから私に浴びせられた第一声が、これだった。
耳元で囁かれる、冷酷な声。
体が硬直して動かない。
爪が、露出した肩にギリギリと食い込んでくる。
「お前なんか、生まれてこなければよかったのに」
痛みと共に、お母さんの言葉が重ねられていく。
毒となって、私の中に入り込んでくる。
「公爵の手によって皇帝に売られた私は、表す言葉がないほどに酷い扱いを受けたのよ。お前の父親にね。お前の妊娠がわかって捨てられて、今度は公爵に散々弄ばれて。私は可哀想でしょ?お前はいいわね。守ってもらえて。お前が守られて、大切にされている姿を見るたびにイライラさせられていた。鍵を開けたのは、私よ。これから私が、お前を同じ目に遭わせてあげる」
ドンと突き飛ばされて床に投げ出されると、セオドアが駆け寄って、抱き起こしてくれた。
私は何も言えないままお母さんから視線を動かせずに、憎悪の視線を向けられて、体が竦む。
「皇帝と公爵家に復讐するためにエクルクスに尽くした。お前も一緒に処刑されてしまえばよかったのに、運良く命拾いしたようね。でも、そのおかげで、お前のせいで母さんは殺された。さぞ無念だったことでしょう。育てた孫に恩を仇で返されて。お前が死んでいれば、母さんは死なずにすんだのに」
「フィルマ、聞くな」
セオドアが腕を引いて私を立たそうとするけど、体が鉛のようになって、動かなかった。
「お前に母さんは殺されたんだ。お前が生まれたせいで。お前が生まれた時に首を絞めて殺していれば。母さんが止めなければ、そうしていたのに」
「自分の存在を他人に否定させるな」
私の横にしゃがんだセオドアに耳元で囁かれても、無理だと首を振る。
涙がボロボロと溢れて、胸が苦しくて、息が止まりそうだった。
お母さんが私を産みたくなかったのは、考えなくても、聞かなくてもわかる。
私を見れば嫌な記憶を呼び起こし、悪夢が事実である証となってお母さんを苦しめる。
望まない妊娠をして自分のお腹が大きくなっていく間、お母さんが何を考えていたのか想像しただけでも、死にたくなる。
おばあちゃんが私のせいで命を失ったのは本当のことだ。
何一つ、私が言えることなんかない。
「お前、王家の子飼いで捨て駒のくせに、随分と生意気な態度見せるのね」
お母さんの矛先は、今度はセオドアに向けられていた。
でも、セオドアは表情を変えずに、私を背に庇う。
「生きる価値の無い者同士で慰め合っているのは、随分と惨めなものね。お前が生きている限り、私の過去は癒されない」
それを最後に、カツカツと靴音を響かせてお母さんは去って行った。
通路には座り込んだ私と、セオドアが残される。
「ごめん……セオドアまで……」
「俺は何を言われても気にしない。あの女は、俺に命令できる立ち場でもないからな。なんの問題も無い」
わかってはいても、お母さんから直接浴びせられた言葉は私の心を大きく抉っていた。
寒いと思った。
お母さんと会ってから、私の芯の部分がずっと冷えっぱなしだった。
それからは、少しの間放心状態で、抱き支えられるようにしてセオドアに馬車に乗せられていた。
向かい側に座ると、束ねていた髪を解いたセオドアは、どこか苛立っているようにも見えた。
いや、やっぱりいつものセオドアなのかな。
お母さんの気持ちは理解できる。
私だっていつどうなるのか。
今日だって、鍵を開けたお母さんは、私がどうなることを望んでいたのか。
お母さんと同じように、私が子供を恨んでしまうような状況になった時を考えてしまって、急に不安が襲ってきた。
見知らぬ誰かに、今度こそ自分はどうかされてしまうのではと。
だから。目の前の人に、
「私を、抱いて」
「は?」
「セオドア、お願い……」
「バカか。自分を傷付けようとしているのならやめろ。俺はお前に興味はない。必要もないのにお前に触れようとは思わない。名目上の妻にしているのは、お前を利用できるからだ」
「知ってる。自傷行為をしようとしてるわけではないと思う……」
そうではないと、思う。
それに、今のセオドアの言葉を聞いて、ますます気持ちは強くなった。
「それは、命令か?」
「……命令なら……いいの?」
何を言っても、セオドアの表情は変わらない。
私は、最低なことをセオドアにさせようとしているのに。
「お前はもっと利用されることになる。後悔するなよ」
それでも構わないと言うと、セオドアは私の命令を叶えてくれた。
屋敷に戻って、使っていない寝室に連れていかれると、予想通りにセオドアはただの作業のように私を抱いた。
口付けすらない淡白なものだった。
苦痛は与えられなかったし、むしろ丁寧に大切に扱ってくれたけど、セオドアからはまったく、なんの感情も熱も感じられなかった。
それは当然のことなのだ。
朝を迎えると、もう、家の中にはセオドアの姿はなかった。
ベッドの中で一人で目覚めると、虚しいものが埋め尽くす。
後悔はしていないけど、こんな事をさせてしまってセオドアに悪いとは思っていた。
自分の意思がまったくない状況下で無理矢理されるのは嫌だからって、逆にセオドアに無理を言って……
でも、これでまだ、セオドアにとって、私は何かに利用できる価値はあるのだと、ぼんやりと考えていた。
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