第18話 夜会への招待
気持ちは沈んだままなのに、カーティスから届いた手紙が追い打ちをかけた。
夜会への招待状だ。
もちろん、夜会などに参加する気分ではなかった。
いろんなことが起きている状況で、よりにもよって華やかな場になど行きたくはない。
すでにこれまでも、何度も夜会や舞踏会への招待を拒否している。
でも今回は、会って伝えたいことがあるから絶対に参加してくれと言われてしまえば、行かなかったせいで何か暴走してしまうのではと、不安になって。
実際、宮殿でのカーティスの様子を聞いた限り、かなり傍若無人な様子になっているというのはメイドさんからの情報だ。
もはや、暴君と呼ばれるのは仕方のないほどに。
それが私のせいではなくても、無視し続けるわけにはいかなかった。
当日、私は人形のように飾り立てられる。
カーティスがたくさんのドレスと装飾品を送ってきた。
これらを身につけて、今日は参加しないといけないらしい。
「行きたくない……」
それを呟いたと同時に、セオドアが訪れた。
今日は彼も正装姿だ。
「セオドアもそんな格好するんだ」
「必要があればな」
いつもは顔を隠すように伸ばしている髪も、一つにまとめている。
「本当にいいのか?」
「うん…………」
「向こうに行って、すぐに帰るつもりだ」
それを言いながら、セオドアは私をジッと見ている。
「今日もお前は苦労するんだろうな」
何を思っているのか、そんなことを呟いていた。
馬車の中では二人とも無言だった。
セオドアは頬杖をついて、窓の外を眺めている。
夜会への参加者は北部出身の貴族が中心で、皇妃としての私を知っている人はいない。
あの時の婚姻は簡易的にされて、私の顔を知ってる人などほとんど残っていない。
前皇帝の側近はほとんど殺されているのだから。
馬車が宮殿に到着した。
多くの人で賑わうホールヘと足を進めると、ほんの少しだけ視線を動かしたセオドアが、ため息をついた。
「お前はもう、誰の目にもつかないところにいろ」
いろんな人の視線が追ってくるのが、セオドアじゃなくてもわかる。
会場に入った途端にだった。
特に、すぐに私達に気付いたカーティスの視線が、ずっと追ってきていた。
カーティスが私に向けてくる視線の種類に覚えがあった。
とても、嫌な種類のものだ。
カーティスと一緒にいるナデージュが、私が注目を集めていることに気付いて睨みつけてくる。
「カーティスに挨拶だけすれば、納得するだろう。あとはもう用無しだ。お前は、だからっんぐっ」
会場の端の方に、私を隠すように連れて行ったセオドアが面倒くさそうに言ったものだから、その口の中に掴んだクッキーを突っ込んだ。
なんとなく八つ当たりをしたくなった。
私だってこんな場所に積極的に来たかったわけじゃない。
「休憩室に、良い時に連れて行って。それで、もう帰る……」
「お前はまた……」
セオドアは、何かを言いかけてやめた。
無理矢理突っ込んだクッキーのカケラが引っかかったのか、ちょっとだけ咳き込んでいる。
「セオドア!フィルマ!」
カーティスが満面の笑みで近付いてくると、セオドアが間に立つように前に出てくれた。
「フィルマ、よく来てくれた。お前に伝えたいことがあったんだ。今日の夜会には参加していないが、お前の母親がお前に会いたがっていたぞ」
それを聞いた途端に、セオドアの雰囲気が変わったのに気付いた。
「フィルマをあの女には会わせない」
「親子の再会を邪魔する気か?母親は、色々と誤解があったようだけど、和解したいと言っていた。それなら、フィルマに会わせてやるべきじゃないのか?」
「殿下は、あの女を警戒している。フィルマと会わせるべきじゃない。わかっているな?俺は、殿下の命令が優先される」
セオドアの口から出た殿下が誰を指すのか、少しだけ気にはなった。
殿下と聞いた途端に、カーティスの表情も一変したし。
嫌悪を示すような感情を見せたカーティスは、
「フィルマ、お前はどう思っているんだ?」
私に意見を求めてきた。
「お母さんとは、どんな顔で会えばいいかわからない。だから、今はまだ会えない。ごめんなさい。待ってもらえたら、嬉しい」
「そうか……それなら、俺からそう伝えておく」
私の言葉を聞いたカーティスは納得してくれた様子で、同時にセオドアの雰囲気も和らいでいた。
セオドアは私とお母さんが会うことを望んでいない。
今の答えで正解だったようだけど、殿下とカーティス、セオドアの関係も気になりはした。
カーティスが他の人から声をかけられている隙に、また場所を移動して、空き部屋へと入った。
「ここにいろ。鍵はかけておくから。誰か来ても、絶対に開けるな。俺は、少し用事ができた。すぐに戻ってくるから」
念を押すようにセオドアは言って、部屋から出て行った。
セオドアの行き先は、なんとなくお母さんの事と関係あるのかなって思っていた。
ソファーに座って、靴を放り投げて足をプラプラさせる。
それで、緊張が少しだけほぐれていたのに、
「フィルマ、いるのか?」
その声と共にコンコンとノック音が響いて、心臓が跳ね上がった。
カーティス。
開けたくない。
「宮殿の中を案内したいんだ。こんな時じゃなければこないだろ?」
コンコンと、再びノックされた。
「フィルマ」
立ち去る気配は無い。
次の瞬間、信じられないことに、ガチャっと扉が開けられた。
「フィルマ」
セオドアは、確かに鍵をかけていったのに。
「どうして、返事をしてくれなかったんだ?」
部屋に入ってきたカーティスは、不機嫌な様子で私を見ている。
「ごめんなさい、ウトウトしてて、ちょっと寝ぼけていたのかも」
「そうなんだな。楽しめなかったか?」
部屋に入ってきた瞬間から、カーティスの視線はあからさまに一点に向けられている。
「飲むか?」
従僕がワゴンを押してきていた。
そこには飲み物や軽食が乗せられている。
そして、それを置いてすぐに従僕は部屋から出て行く。
つまり、部屋には私とカーティスだけだ。
「顔色が悪いな。大丈夫か?」
兄妹だからと、なんの安心もできないのは、カーティスの視線が知らしめて泣きたくなる。
なんの遠慮も無く、カーティスの手が頬に触れてきて、親指が唇をなぞった。
嫌悪で一気に全身が粟立つ。
手を振り払うようにソファーから飛び降りて、ワゴンに乗せられたグラスを手に取って、唇に触れられた感触を消し去りたくて一気に傾けた。
「何杯目だ。いい加減にしろ」
直後、カーティスの背後、扉の方から呆れたような声がとんできた。
「カーティス。フィルマは会場の空気に乗せられて酒を飲みすぎている。だから、休ませていた。もう連れて帰ってもいいか?」
「ああ……それじゃあ、フィルマのことを頼む」
カーティスは、戻ってきたセオドアの姿を見た途端に動揺していた。
私から離れていく。
一杯だけしか飲んではいないけど、助かったようだ。
今のはお酒ですらなかったし。
セオドアは、脱ぎ捨ててた靴を拾い上げると、私の腕を掴んで部屋の外へと連れて行く。
カーティスを振り返ることはしなかった。
「セオドア、ありがとう。でも、そんなには飲んでいないから、大丈夫で……」
「知ってる」
「私、ドアは開けてなくて」
「わかってる」
素っ気ない返事を繰り返される。
「ほら」
さっきの部屋から少し離れた所で、足元に靴を置かれたからそれを履いた。
私から手を離したセオドアは、足早に歩いて行くから、私もほとんど小走りで一生懸命について行った。
何か怒っているのかと思うくらいに、私を見ずに真っ直ぐに歩いて行く。
でも、セオドアがピタリと足を止めたから、私もそこで止まることになった。
ピリッとした空気を纏ったセオドアは前方を見つめている。
だから私もそっちを見た。
「お母さん……」
すぐにわかった。
そこには、私にそっくりな女性が立っていたのだから。
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