第17話 価値と意味
誰か戻ってくるのかと、少しの間は一人で待っていた。
でも、誰も戻ってくる様子はなかったから帰ろうと思い、馬車を降りた場所に行こうと足を向けると、その途中にセオドアが待っていた。
その姿はなんとなく怒っているように見えた。
ほとんど表情なんかないのに。
「お前が妹と話したいと思ったのなら別だが、余計な気を回すな。皇宮には近付くな」
「あまり、セオドアを困らせたくなかったから……でも、ナデージュを怒らせてしまって。私、失敗したかな……?」
「無理にあいつらの機嫌を取らなくていい。それに、俺はお前よりはるかに器用に要領良く生きられる。余計な心配はいらない。帰るぞ。送っていく」
セオドアが歩き出したから、ついて行く。
やっぱり怒っているように見える背中に話しかけた。
「ナデージュは、カーティスのことが好きなんだ」
「そうみたいだな」
どうでもいいと言いたげだ。
でも、喋ってはくれるみたい。
「セオドアは、カーティスとどれくらい一緒にいるの?」
「十年にはなる」
「じゃあ、ナデージュもそれだけカーティスと一緒にいたの?」
「ずっとではないな。カーティスが滞在していた場所に、あの王女が遊びに来ていた」
カーティスの話をする時も淡々としている。
「セオドアは、いくつなの?」
「22。それよりは上じゃない。生まれた日を知らないからな。俺がいた所は、全員同じ日に年齢を一つ加算する」
「そうなんだ……ごめん……」
それで、人に対して冷めている理由がわかった気がした。
「なんで、お前が謝る」
「セオドアだって、これまで色々あったはずなのに」
私みたいなのの面倒を見なければならないのだから。
「お前の中に、それだけ大事なものがあったんだろ。それが失われて、立てなくなるのは当たり前だ」
「大切なもの、セオドアにはない?」
「ない」
きっぱりと、あっさりと、答えられる。
どちらがいいのか、私にはわからない。
喋るのをやめて、セオドアの後ろを黙って歩いていた。
しばらく無言で、もう、出口が近いと思った所でだった。
ふと誰かに見られている気がして、立ち止まって辺りを見回した。
「フィルマ、いいから来い」
「うん」
「気にするな」
「うん。わかった」
気のせいではなかったようで、セオドアが気にするなと言うのなら、それに従う。
二人で一緒に馬車に乗ったわけだけど、動き始めたらすぐにウトウトしてしまって、その後もほとんど会話の無いまま屋敷に到着して、気付いたらセオドアはいなくなっていた。
その日が終わる頃には、ナデージュと会ったことなど私の中ではあまり思い出されることもなくなっていて、特に気にすることなく、いつものように就寝した。
私が知らない間に何かが起きようとしていたのは、日付が変わった後のことのようで。
暗い夜明け前に目が覚めた。
何か聞こえた気がしたから。
ベッドの上で、ゆっくりと上体を起こす。
部屋の周囲はしーんとしているから、外からの物音かもしれない。
ベッドから降りて、扉まで移動した。
扉の隙間からそっと廊下を覗く。
窓のカーテンはまだ閉められている。
誰もいない。
元々人は少ないけど、ここまで気配がない事はない。
暗くて、静か。
不気味なくらいに。
扉を開けて、体を半分出した。
「まだ早い。寝てろ」
その途端に、声が飛んでくる。
足音を立てずに近付いてきたのは、セオドアだ。
「何かあったの?」
「何もない」
すぐに否定するセオドアの表情にも変化はないけど……
血の匂い……
それは、セオドアからだ。
セオドアが怪我をした様子はないから、他の知らない誰かがたくさん死んだのかも。
「中にいた方がいいんだね」
「そうだな」
「また、後で来てくれる?」
「様子を見にくる」
「ケガ、しないでね」
余計な言葉だと言われるかなと思ったけど、
「わかった」
そう返事すると、セオドアは私を部屋に戻して扉を閉めた。
寝てろと言われたからベッドに戻る。
横になって耳を澄ましてみても、何も聞こえてはこない。
外が明るくなるまで、ベッドから動かなかった。
いつも通りにメイドさんが起こしに来るまでは。
私の周りにいた人達には、なんの変化も見られない。
いつも通りの人がいつも通りに起こしにきてくれた。
何かを思っても何かを聞ける雰囲気ではなくて、朝の支度を済ませて、朝食を食べ終えた頃にセオドアは戻ってきた。
ちゃんと休めたのかと心配にはなったけど、そんな思いなど無用だと言うように、部屋に戻った私に何があったのかを淡々と話し始めた。
「夜中に、屋敷に近付く不審な奴らがいた。拘束して取り調べた結果、南部の貴族が雇ったものだった。誰かがフィルマの情報を流したようだ」
随分と控えめに報告してくれたのだと思う。
何人も死ぬことになって、拘束された人達は情報を引き出すために拷問されることにもなっただろうし。
これから先、私の周りでどれだけの人が死んでいくのかな。
そんな必要があるのかと考えていると、まさにその答えをセオドアが言った。
「お前はカーティスの妹だからな。利用価値があると判断されている間はエクルクスが守る」
「利用価値……」
「資源に乏しいエクルクスは、帝国の広大な土地から得られる物がほしい。だから、カーティスに協力している。俺に与えられた領地すら、今のエクルクスにしてみれば多くの価値があるものだ」
じゃあ私は、どこの時点で用済みになるのかな。
得られるものが得られたらなのか、カーティスがいなくなったらなのか。
その時が来たらどうなるのか。
セオドアを見た。
「どうした?」
その判断は、真っ先にセオドアが行うのかな。
セオドアは、いつかエクルクスに帰るのか。
それとも、最後までカーティスと一緒にいるのか。
どちらにせよ、私とずっと一緒にいるわけではない。
複雑な思いだった。
「何でもない……」
「自分が狙われているとなると不安だろうが、ここにいれば大丈夫だ」
そうじゃないけど、今はまだ、ここにいればセオドアは戻ってきてくれる。
「また、何かあればお前に知らせる。その方が安心するだろ」
「うん……」
私の返事を聞いたセオドアは、もう用は無いとばかりにさっさといなくなっていた。
敷地内にいれば安全だからと言われたので、いつもの場所に移動して座る。
死んだように生きるなって言ったくせに。
怒っているのか、哀しんでいるのか。
「セオドアに価値が無いと判断されたら、生きてる意味があるのかな……」
自分の中にあるものを、空に向けて問いかけていた。
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