第16話 家族とは
明るくなった部屋の中で目覚めると、セオドアの姿はすでになかった。
私はおかげで休むことができたけど、セオドアはどうなのか。
いつ出て行ったのかはわからないけど、ストーブにはまた新たな薪が追加されていた。
ここ数日と同じように、規則正しい生活を送ることにした。
メイドさん達の仕事の進行に合わせて、何も考えず自分も生活を送っていた。
四角い壁に囲まれて閉じこもったまま、そうしていれば、一ヶ月以上は勝手に過ぎていたと思う。
本格的な冬となったけど、なんだか時間の感覚が乏しい。
ここだけ時間が止まっているように感じられるから。
しばらく誰の訪れも無くて、何もないから、何も起きていないのだと思っていた。
「フィルマ様。御相談が」
時々例外もあるけど、家にいるメイドさん達は、基本的にはほとんど私に話しかけてこない。
必要最低限だ。
だから、こんな風に相談だと言ってきたことには驚きがあった。
どうしたのか、次の言葉を待っていた。
「皇帝陛下はナデージュ様とフィルマ様がお会いになることを望んでいますが、今はセオドアが何かと理由をつけて実現させていない状況です」
あの話をセオドアのところで止めていてくれたのかと、知ることになったわけで。
セオドアは時々様子を見にここに来ていたけど、その時は特に何も言っていなかった。
「セオドアにこれ以上、皇帝の期待通りの行動をさせないのも反抗的な態度とみなされて、本国に報告をしなければならなくなり、よくないことではあります」
セオドアも、監視される立場なのか。
「私が皇宮に行ったらいい?カーティスのところに」
「申し訳ありません」
この人達はこの人達の基準で動かなければならなくて、それは私の意思とはまた別のものだ。
すでに誰かの手配で日時は決まっていたようで、それが今日今からで、私が了承するなりすぐにそれなりの格好に着替えることになった。
馬車に乗って、一人で向かう。
そうして皇宮に到着すると、カーティス自らが出迎えのためにわざわざ外に出てきていた。
「フィルマ!よく来てくれたな」
馬車から降りる際に、私の手を取って機嫌良く声をかけてきた。
「ドレスをたくさん、ありがとう」
並んで歩きながら言ったその言葉に、カーティスは嬉しそうにしている。
「今日のそれも良く似合っている。フィルマは俺の妹で、皇后となるナデージュの姉だ。俺たちを繋いでくれる大切な家族がフィルマの存在なんだ。だから、交流を深めてくれたら嬉しい」
ナデージュとカーティスの結婚は、ナデージュが18歳になってからだという。
カーティスはそう言っても、異父妹がどう思っているのか。
私でも姉妹だという感覚がほぼ皆無に近いのに。
そう上手くはいかない。
用事があるカーティスとは途中で別れて、侍女に案内されて彼女が待つサロンに向かった。
扉が大きく開かれて中に進んでいくと、たくさんの花に囲まれて椅子に座る一人の女の子の姿があった。
「やっと姿を見せたのね」
その子、ナデージュは、大切に育てられた女の子といった印象だった。
「はじめまして、ナデージュ。今日はお招きありがとう」
「お姉様とお呼びした方がいいのかしら?18才になられたとか」
そうだった。
誕生日。
ここに連れてこられた日がそうで、とっくに過ぎてた。
促されて椅子に座ると、くっきりとした大きな瞳が私に向けられた。
「そうやって見ると、お母様にそっくりなのね」
ナデージュから見てもそうなのなら、随分と私とお母さんは似ているんだ。
「自分と血を分けた姉妹がいるって聞いていたけど……どれだけお母様に似ていても、私は認めないから」
音がするほどに、キッと睨まれた。
私を睨んでいても、まったく怖くない。
可愛らしいお人形のような子だなと思った。
ナデージュは、色素の薄い金髪に、緑色の瞳の女の子。
まだ16歳だそうだ。
大切にされてきたことがわかる。
お母さんに愛されていたのかな。
それとも、お父さんに。
「私、皇后になるの。皇帝陛下に愛される存在よ。邪魔しないでよね。エクルクスにいる時から、私がずっとカーティス様を支えてきたのだから」
「エクルクスの冬は厳しいって聞いたよ。貴女もカーティスも、ずっと寒い所にいたの?」
「私達王族は常に暖かい場所で守られていたわ。それは当然のことよ」
「そうなんだ」
「国とカーティス様のことを考えるなら、貴女はさっさとどこかへ行くべきよ。あなたがいると、カーティス様の様子がおかしくなる。あなたの話をする時、カーティス様はおかしくなる」
カーティスがおかしいのは元からではないのかな。
「私が、どうして国とカーティスのことを考えないといけないの?」
「あなた、自分の生まれ持った責任とか考えないわけ?自分が誰かの幸せを邪魔しているとは思わないの?普通は他者の幸せを願うものでしょ。それが人として当たり前のことで」
「どうして?」
「え?」
「自分の幸せも願えないのに、どうして他人の幸せを考えないといけないの?」
私の疑問に、ナデージュはどう答えてくれるのかな。
「それは」
お母さんのことを思えば、確かに私は誰かの幸せを邪魔した。
実際に、おばあちゃんは私のせいで殺された。
「他人の幸せって何?相手の欲に忠実に従いなさいってこと?」
「あんた、頭おかしいんじゃないの?」
今さらどうしようもないことばかりで、でもと、ふと思った。
「私はどこに行けばいいの?」
「そんなの、知らないわよ」
「どこに行けば、放っておいてもらえるの?安全に暮らせるの?誰にも迷惑をかけずに、誰の邪魔にもならずに静かに暮らせるの?今の場所がそうなのかもしれないから、こんなことを考えるのは高望みなのかな?」
「だから、知らないってば」
「何か良い方法があるのなら教えて。そうすれば、その通りにするから」
ナデージュは唇を震わせて私を見ている。
目には怒りなのか怯えなのか、よくわからない感情が浮かんでいた。
「私は死んでしまってもいいと思ってた。でも、それはダメって言われた。私、これからどうやって生きていったらいい?」
「あんた、なんなの!?気持ち悪い!!あっちに行って!!」
あっちに行ってと言いながらも、ナデージュの方が席を立ち、こちらに背を向けて扉の方へと向かっていた。
怒らせてしまった。
喧嘩をするつもりはなかったのに。
周りにいた人はみんなナデージュを追いかけていったから、部屋の中には誰もいなくなって、ポツンと一人、この場に残されていた。
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