第13話 お母さん
公開処刑という余興が終わって人が去っても、私はしばらく薄暗い階段に座っていた。
抱えた膝に顔を埋めて。
セオドアは、腕組みしたまま壁に寄りかかって、私が落ち着くのを待ってくれている。
気持ち悪い。
吐き気が、遅れて私を襲っている。
「次は断る。無理をさせて悪かった」
「セオドアが謝ることじゃないよ。嫌だと言わなかったのは、私だから」
公開処刑は見たくないと、はっきり言うべきだった。
指示されるままに、行き先と目的を聞こうともしなかったのも私だ。
「身分ある人達は、あんな事を楽しむの?」
闘技場があることを考えると、随分前からこんなことは繰り返されている。
「そうなんだろ。賭けの対象として人間同士を闘わせることもある」
「怖いよ……」
それを楽しめるのが理解できない。
「セオドアは、お屋敷の人も、私に何かあったり、私がカーティスの機嫌を損ねたりしたら、罰を受けたりするの?」
「お前が気にすることじゃない」
カーティスの攻撃的な面を改めて見てしまって、急激に不安は高まる。
あれが私に直接向けられなくても、私の周囲に向けられたらと思うと。
ずっとカーティスのそばにいたセオドアならよくわかっているはずで。
「俺なんかのことよりも、お前の母親の心配をしろ……」
「お母さん?まさか、いたの?さっきの場所に?」
ぱっと顔を上げて、セオドアを見る。
驚いて、一瞬で吐き気が吹き飛んだ。
「やっぱり、気付いていなかったのか。カサンドラを突き落としたのが、お前の母親だ。平然と最初から最後までアレを見続けていた」
どんな人がいたのか、覚えてない。
突き落としたって、直接手を下したってことなのか。
そのことにも驚く。
「セオドアは、私のお母さんに会ったことがあったの?」
「言葉を直接交わしたことはないが、知っている。見た目だけはお前とよく似ている。あの夜、皇帝の寝室でお前を見た時に親娘なのではとすぐに思った。それくらい似ている」
私はお母さんの顔も知らないのに、不思議な思いだった。
「どうして……」
お母さんは何処にいたのか、何をしていたのか……
「どこから話せばいいんだ?」
「私、お母さんとは、一度も会ったことがなくて、生まれた時に、そのまま置いていかれたって公爵家の人達から聞かされて、それも結局違うところがあったし……お母さんは、どこにいたの?」
「北方の国、エクルクス。俺が育てられた場所だ。なんの偶然かは知らないがな」
エクルクス……私はその国のことをほとんど知らない。
「皇后となる者。カーティスの妻となる女のことは知っているか?」
「新聞で、読んだくらいで……」
「お前の母親の娘だ。つまり、お前の異父妹になる」
ちょっと、何を言われているのかわからなかった。
「お前の母親は、今はエクルクスの側妃だ。お前を産んだ後に、出国して北に向かったんだろう」
側妃って、国王の妻ってこと?
お母さんは、何を思ってその国に行ったのかな……
「お前は母親とは会わない方がいい。あの女はヤバい。お前が傷付く。俺が今これを話すのは、お前が母親との再会を望まないようにだ」
「お母さん、私のことを何か言っていたの?」
「いや……あの女は、フィルマの存在に気付いていても、救おうとはしなかった」
それくらいなら私は今さら傷付かない。
ああ、そうなんだと、事実として受け止めただけだった。
「私は会おうとは、思わないから。お母さんが私の存在をなかったことにしたいのは理解できる」
セオドアの表情にわずかに変化があった。
どこがどうとは説明ができないけど。
「……俺は、判断を誤ったのかもしれない。お前が母親から傷付けられたとしても、カーティスが味方だとわかった時点で早々にお前と祖母を皇宮で保護していた方がよかったのかもしれない」
「セオドアは、何も悪くないよ……」
本当に、セオドアは何も悪くない。
そこでちょうど、時報を伝える鐘が鳴った。
もうすぐ夕暮れだ。
いつまでもここにいられない。
そう思ったのは私だけじゃなくて、
「立てるか?」
「うん……」
セオドアが差し出してくれた手を借りて立ち上がる。
そのまま手を引かれて、馬車に向かった。
気遣うようにゆっくり歩いてくれていたから、話しかける余裕もあった。
「エクルクスはどんな国なの?」
「冬が長くて、寒さの厳しい国だ。雪が多く降る。そして、何も無い」
「セオドアは、寒いのは苦手じゃない?」
「それなりに耐性はある」
「たくさんの雪は見たことないけど、きっと生活を送るのに大変な思いをするよね」
「そうだな。お前は雪なんか降らない、暖かいところにいる方がいい」
「ありがとう」
「なんで、礼なんだ?」
「必要がないのに気遣ってくれてるように思えたから」
「気のせいだ」
「思えば、お母さんのことも私が傷付くって、心配してくれているし。カーティスから頼まれたことでも、今の私にとってはそれが嬉しいことだよ」
「そうか」
セオドアはいつものように表情を変えずに聞き流している。
「有難いと思うのなら、もう少し貪欲に生きようとしろ」
「うん」
素直に返事をする。
惨たらしく死んでいく人達を見てしまったせいで、あんな最期は嫌だと、今は死にたいと思う感情が薄れてしまっていた。
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