第14話 吊り下げられた多くの
「フィルマ様。お茶の用意ができましたので、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
私は何も考えずにお世話をしてもらっていればいいようだと理解した。
お屋敷での生活は規則正しく進んでいくので、メイドさん達の仕事に合わせて私も生活を送っていた。
今は午前のお茶の時間で、朝昼夕の食事の間、午前と午後にそれぞれお茶の時間が設定されている。
お茶とお菓子が置かれたテーブルの席について、一人で黙々と食べ始める。
食べ終わって席を立つと、近くにいた人と目があった。
「何か、ご要望はありませんか?」
「特には……お茶もお菓子も美味しかったから……」
それを伝えると、とても困ったような表情をされた。
エクルクス出身だと思われるここの人達はみんな、いつも、仮面を被ったような顔をしていたのに。
「色々な身分ある方達にお仕えしてきましたが、貴女には一番手を焼きます」
叱られているようだ。
「ごめんなさい」
「何をしてほしいのか、何を要求しているのか、さっぱりわからないからです」
「何も、して欲しいことがわからないから、どう言えばいいか困ってるの。ごめんなさい」
「余計な事を言いました。申し訳ありません」
メイドさんは、諦めた様子で自分の仕事に戻っていった。
何をして欲しいのかわからないのは本当のことだった。
私も、暇に殺されそうになる前に何かをしたいとは思っていた。
でも、何をしていいのかわからなくて、結局選んだことは、本を読むことと庭をいじるくらいしかなかった。
「あ。ミミズ」
本は、長時間読むことはできない。
少しずつじゃないと、文字が読めないし、頭も追いつかない。
だから、結局、土に触れていた。
小さなスコップで掘り起こしてしまったウニョウニョと動くミミズを素手で掴むと、ポイっと土に戻す。
こんなことをしていると、家のことを思い出してしまう。
収穫できるものがいっぱいあった庭のこと。
作りかけだった保存食。
お気に入りの香り袋。
残してきたおばあちゃん……
作業をやめて、手を洗う。
結局、最終的には毛布にくるまって庭の隅にいた。
セオドアの言葉にうんと返事はしたけど、貪欲に生きるというのは、
「難しい……」
しばらくボーッと空を眺めていた。
次に誰かに話しかけられる時は昼食ができた時だと、それまでは誰とも話さなくていいのだと安心していた。
でも、いつだって予想外の来訪者は現れるわけで……
「フィルマ様、皇帝陛下がお見えになります。準備をいたしましょう」
ボーッと座っていると、メイドさんが呼びに来た。
「えっ……セオドアは?」
「南部に赴いています」
セオドアはいない……
私一人でカーティスに会うのは不安があった。
何の目的で来るのか。
「機嫌を取っておいたほうがよいかと。感情の起伏が激しい方です。貴女様が隣にいて黙ってニコニコしているだけでも、皇帝陛下は満足されます」
どんな感情が顔に出てしまっていたのか、これはメイドさんからのアドバイスのようだ。
「あなた達から見ても、カーティスは怖い?」
「衝動的な面をお持ちではありますね」
回避しようがないみたいで、用意されていたドレスに着替える必要もあり、カーティスを出迎える準備をしてもらい、緊張しながらその時を待った。
余興は、闘技場だけでは終わらなかったようだ。
屋敷の前に一台の大きな馬車が停まると、中から機嫌が良い様子のカーティスが出てきた。
「フィルマ、お前に贈り物があるから、広場を通って行こう」
開口一番にそれを告げられて、カーティスに手を取られて馬車に乗せられると、すぐに目的地に向けて出発したようだった。
馬車の中で隣に座ったカーティスは、当然のように私の腰を掴んで、自分に引き寄せる。
そして、機嫌の良いことがわかる声で言った。
「フィルマに見せたいものがあったんだ。もうすぐ見えてくるはずだ」
体を小さくして、カーティスと密着している状態を耐えるしかなかったのに、
「見ろ、フィルマ。お前の祖母を死なす原因となった奴らだ。クライバー家は一族郎党、フィルマのために、俺が処刑した!」
馬車の窓からカーティスが指差す方へと視線を向けると、首を吊られて、風に揺られているいくつもの物体があって、驚愕して、不快なことなど一瞬で忘れさせた。
たくさん、洗濯物が風に吹かれるみたいにゆらゆらと揺れている。
大きいものから、小さいものまで。
丸太のように太いロープが、キシキシと音を鳴らしているのが聞こえてきた。
そこに黒いカラスがたくさん止まっている。
馬車は、私にこの光景を見せつけるように停止した。
自分の目に映る物を、愕然と見上げていた。
黒く見えるものがいくつも並んで吊り下げられている。
何人なのか、麻痺した頭では数えることもできない。
カーティスのことを、また、怖いと思っていた。
遠縁の親戚となるレーニシュ夫人は無事なのかな。
あの中にはいない。
北部の領主一家……
北部の貴族は皇帝の味方と聞いていたのに。
おばあちゃんの死が、私の中で大きく意味を変えてしまった。
「クライバー家の領地は、セオドアに与える。つまり、お前のものでもある。爵位も与えるから、お前はこの先、何の心配もいらなくなる。俺は恩に報いることができているか?」
「……もう、充分。カーティスの気持ちは伝わっているから、これ以上のことはしなくていいよ」
正直、どうしてここまで恩を感じているのか、遠い記憶を探ってみても、大したことはしていないのにカーティスの言動が恐怖を抱くほどに重い。
家族と思われているから余計になのか。
対価を求めていたわけじゃないのに。
こんなことは望んでいないのに。
胸の辺りに冷たいものを流し込まれた感覚に陥る。
もう嫌だと。
何も見たくないと、その言葉を飲み込んで、カーティスの隣に黙って座り続けていた。
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