第12話 ただ息をしているだけで *残酷描写注意

 単調な生活が続いていた。


 私が何もせずにただ呼吸をしているだけでも、食事は用意されているし、清潔に保たれているし、寝床は整えられている。


 とても贅沢なことだった。


 屋敷にいる人に私の生活のことを任せておくのかと思ったら、セオドアは時々様子を見に戻ってくる。


「死んだように生きるな」


 顔を見に来た何度目かの時に言われた。


 セオドアにはそんな風に見えていたのだ。


 でも、何をすればいいのかわからなかった。


 何もすることがなかった。


 何もしたくなかった。


 食事も、しなければ困るからとメイドさん達が言うから。


 何かあれば自分達が処罰されるからと。


 だからちゃんと食べていたのに、庭の隅に座る私の前に、唐突にセオドアが腰を下ろした。


「ほら、口を開けろ」


 言われた通りに口を開けると、スプーンで何かを入れられた。


 柔らかいものだけど、味はしない。


 味がしないのは、自分の問題か。


 噛んで、飲み込む。


「誰が、パンとスープだけの生活をしろと言った。食い物はちゃんとあるんだから、腹に入れろ。ほら、次」


 セオドアは私の正面に座って、口にスプーンを運んでくる。


「ますます親鳥だ……」


 珍しく多くの感情を込めた、嘆くような呟きが目の前から聞こえた。


 持っていたお皿が空になって、口を拭かれて、水が入ったコップを最後に私に持たせると、セオドアは立ち上がる。


 つられて、顔を見上げる。


「用事があったのではないの?」


 本来はこんな事をしに戻ってきたのではなくて、何か別の用事があって戻ってきたのかと思っていた。


 用事が無ければ戻ってこないとも思っていたので。


「カーティスが呼んでいる。お前はどうしたい?」


「どうして私に聞くの?」


「…………」


 私を見下ろす顔を見て思った。


 カーティスが来いと言っても、セオドアは行かせたくないようだ。


 それをセオドアの立場上、言葉にはできないようで。


 理由が何であろうと、私もどこにも行きたくなかった。


 でも、結局、私が何も意思を示さなかったものだから、優先されるカーティスの指示に従うことになった。


 我慢できなくなったら教えろと言われて、出かけることになったのは翌日のことだ。


 向かった場所は、帝都の闘技場。


 円形に設計された大きな大きな闘技場で、中央を見下ろすように観客席は段々になっている。


 セオドアに先導されて薄暗い階段を上がっていくと、光が一瞬眩しく映った。


 目が慣れて周りの様子が見えてくると、たくさんの人がここにいるのがわかった。


 カーティスは皇帝席に座っていて、日除けの天幕が張られており、私が案内された場所もそこだった。


「会いたかったぞ、フィルマ!ここでの生活には慣れたか?お前は俺の唯一残った大切な家族だ。何かしてほしいことがあればなんでも言ってくれ」


 私の顔を見た途端に、カーティスは機嫌の良さがわかる声をかけてきた。


 私は、それよりもこの場の雰囲気に圧倒されていた。


 異様な熱気があった。


 みな、高揚した表情で中央を見下ろしている。


 その、今まで感じたことのない雰囲気に、椅子を勧められたけど座る気にはなれずにその場に立ったままだった。


 今から何が始まるのか。


 それがわかったのは、私が到着してすぐのことだった。


「フィルマ、見てくれ。お前と俺を苦しめた男、イドゥアードの最期だ!」


 その言葉を合図に、中心地にボロ切れのような人が引き摺られてきた。


 たしかに、私を苦しめた人だ。


 父親だと思ったことはなかったけど、本当に父親ではなかった。


 その事実を知りながら、皇帝に近親婚となる娘を差し出したイカれた男、元ブルレック公爵。


 カーティスから見れば、親と思っていた人達を殺した人になる。


 最後にその姿を見たのは、私と前皇帝との婚姻の時で、それから数ヶ月にわたって生かされていたようだ。


 その人が、高い壁で囲われた闘技場の真ん中に置き去りにされた。


 そこに肉食の大型の獣が数頭、解き放たれる。


 男は、叫び声を上げながら逃げ惑っていた。


 その惨めな姿を見ても、可哀想とも、ざまぁみろとも思わない。


 助けようとも思わないし、楽しみたいとも思わない。


 人であった者が、血飛沫を飛ばしながら、だんだんと形を失っていくのは瞬きを数回繰り返す間でのことだった。


 腹を食い散らされて、腸が引き摺り出される。


 男は、まだ息をしている。


 腕を上げて、獣の口を遠ざけようとしている。


 人はあのような状態になってもまだ動けるのだと、衝撃があった。


 無駄な足掻きだと、カーティスは笑い声をあげている。


 多くの人が、この公開処刑という余興を楽しむために見ていた。


 私はここで、何を見せられているんだろう。


 あの肉塊を見て、口の端を持ち上げている多くの人達のような姿をしているのは、ほんの少しだけ嫌だと思っていた。


 少しだけ後ろに退がると、自然とセオドアが前に立った。


 セオドアの背中が壁になった。


 獣がくっちゃくっちゃと咀嚼する音が聞こえる。


 向こうの方で、今度は高い場所から女の人が突き落とされた。


「前皇后、カサンドラだ」


 カーティスがまた嬉しそうに言った。


 女の人の絶叫が響いた。


 歓声が聞こえ、続いて端の方で見えたのは、アーチ状の入り口から見覚えのある男達が何人も突き出されていく。


 公爵の息子達だ。


 彼らには、木の盾と小さな剣が持たされている。


 あれで獣と戦えと言うことなのか。


 すべてを見届けることなどできるわけもなく、それからはずっと、セオドアの後ろに隠れていることしかできなかった。





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