第11話 誰かのものに

 森と山を抜けて町はずれに到着すると、セオドアは私から少しだけ離れてそこにいた男の人と話していた。


 男の人はチラッと私を一瞬見て、すぐにどこかへ消えていた。


 その人から外套を受け取っていたセオドアは、それを顔を隠すように頭からすっぽりとかぶって、行くぞと言う。


 自分で考えるのが億劫で、言われた通りに、セオドアの言葉の通りに行動していた。


 ずっと移動ばかりだったから、疲れて、余計に自分で考えるのが面倒になっていた。


 帝都に入り宮殿が見えてきても、私が何かを感じて何かを思うことはなかった。


 セオドアは、人目につかない入り口から私を皇宮に入れると、真っ直ぐにとある一室へと誘導した。


 中に入ると、驚いた様子の男性がすぐさま椅子から立ち上がった様子が見えた。


 その人はカーティスで、ここは彼が執務室として使っている部屋なのか。


「フィルマ……」


 カーティスは、青い目を見開いて私を見つめている。


 それは、憎しみを込めたものではなかった。


「すまない、俺を許してくれ。公爵家に監禁されていた時に、お前は俺を救ってくれたのに、俺は」


 私の前までくると両膝をついて、腕を握って縋ってくる姿が恐ろしく感じるほどに真剣なものだった。


 必死を通り越して血走った目が、狂気じみて尋常じゃなくて、怖くて。


 そして、男性に両腕を握られたことに体を強張らせていた。


「落ち着け、カーティス。フィルマが混乱している」


 セオドアから背中を掴まれて少し後ろに下がらされると、カーティスは腕を離して立ち上がった。


「すまない、驚かせた。だが、フィルマ。お前は、お前は、俺の妹なんだ」


「え?」


 カーティスから発せられた予想外の理解のできない言葉に驚いてセオドアを見ると、全く表情を動かさない。


 いつからなのか、すでにそのことを知っていたようだ。


「俺達の父親は、前皇帝のバルドリックだ」


 私を安らかにする事実など、何一つなかった。


 私は、実の父親に嫁がされたということ?


 理解が追いつかない。


 考えたくない。


 気持ち悪い。


 立ち尽くして、身慄いをするしかなくて、


「お前の母親が教えてくれたことだ」


「お母さん?お母さんがいるの?」


 今度は突然、お母さんの存在を仄めかされて、戸惑う。


 近くにいるってことなのかな。


「カーティス。フィルマはお前の弱点になる。必ず何かに利用される。お前が何かに利用したいのなら別だが」


「そんなつもりはない」


 今はどうしているのか、でも、お母さんは私には会いたくないはず。


 私が生まれた経緯を考えれば当然のことで。


「こいつは皇宮には置いておかない方がいい。これからも俺が保護するから、この女は俺にくれ」


「わかった。一番信頼できるお前になら、任せられる」


 お母さんのことを考えている間に、私のやり取りを私の意思を無視して簡単にされていた。


「セオドアは、俺が公爵家から救い出された時から、ずっと命がけで俺を守ってくれている。だから、一番信頼できる男だ」


 情報過多で頭が混乱しているのに、私はまた勝手に誰かのものになろうとしているようだ。


 カーティスが異母兄と言われたところで、カーティス自体がどんな人物かわからないのに、むしろいまだに怖いと感じているのに、そんな人が推すセオドアをどう評価すればいいのかわからない。


 少なくとも、セオドアはここまで私を守ってはくれた。


 それは結果的に、カーティスの為であったということで、カーティスが私に好意的な状況が続く限りはセオドアは私を守ろうとするということなのかな。


 どうせもう、私の居場所はどこにもない。


 待っていてくれる人はどこにもいない。


 もう、何もかもが、どうでもいいのだ。


「帝都のはずれの元子爵家の屋敷があっただろ?あれを使わせてもらう」


「わかった。フィルマ、生活に必要なものはすべて揃えるから安心してくれ。ドレスも宝石も、なんでも不自由なく贈る」


「……いらない……必要ない」


 そんなものは欲しくない。


「遠慮しなくていいんだ。これはフィルマが受け取る当然の権利だ」


「……いらない」


 なおもカーティスは食い下がろうとする。


「カーティス。フィルマは夜通し移動を続けたから、今は疲れているんだ」


「あ、ああ、そうだな。ゆっくり休んでくれ。休息をとれば、気持ちもまた落ち着くだろうから」


「護衛を何人かもらっていく。行くぞ、フィルマ」


 セオドアは私の腕を掴むと、早々に外へと連れ出す。


 そこからは用意された馬車で移動して、私を居住場所となる小さなお屋敷に残すと、特に何かを言うこともなくセオドアはどこかへと消えていた。


 いつの間にか置かれていた着替えは、動きやすくて着心地の良いものだったけど、セオドアが次に私の前に姿を現したのは数日後のことだった。


 婚姻届に名前を書けと言われて、おとなしくそれにサインをすると、またセオドアはどこかに出かけてしばらく帰ってはこなかった。


 私の二度目の結婚ということになるけど、前回の時と違うのは、私は放っておいてもらえるということだ。


 セオドアは、私自体には興味がない。


 それが、今の私にとっては一番幸せなことだった。


 私がいる小さなお屋敷には勤めている人が何人かいるけど、皆んな、私と無駄な話をしようとはしない。


 良くはしてくれて対応は丁寧だけど、必要最低限の接触しかない。


 それから、監視というのか護衛というのか、私の周りは常に誰かが警戒していた。 


 何もしたくない。


 何も考えたくない。


 毛布にくるまって、庭の隅っこの壁に寄りかかって座る。


 風が吹くから、中にいるよりはここにいる方が幾分かマシだ。


 ここに来た日からずっと、一日の大半をここで過ごしていた。


 外の様子など見えない、ぐるりと壁に囲まれたこの家は、私の今の心の中を表しているようだった。





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