第6話 屋敷に住む夫人

「フィルマ、夕食にしよう」


「うん」


 お布団を干していたから、それをベッドの上に乗せ終わったところでおばあちゃんに声をかけられた。


 今日はなんとかこれで寝れそうだ。


 寝る場所だけは真っ先に確保したくて、家に残されていた布団を使わせてもらえるのはありがたいけど、しばらくは虫に悩まされそうだ。


 香草を焚くのはどうかな。


 おばあちゃんに聞いてみよ。


「わぁ!これ、どうしたの?」


 テーブルの上に並べられたものを見て、感嘆の声をあげていた。


「ご近所の方が持ってきてくれたのよ。引っ越してきたばかりで大変だろうからって」


 スープをお鍋ごと持ってきてくれたようで、テーブルの真ん中にドンと置かれていた。


 ゴロゴロとたくさんの野菜が入ってて美味しそう。


 量がたくさんあって、何日分かありそうだった。


 それから、おばあちゃんがこねて作ったショートパスタに、刻んだオオバが添えられて一緒に並べられていた。


「オリーブオイルを反対側のお隣さんがくれてね。明日、きちんと挨拶に行こうね」


「うん」


 今日の美味しそうな食卓は、お隣近所の善意からできているようだ。


 とてもありがたいことだった。


 こんな感じで、おばあちゃんとの新たな生活が始まった。


 その日はちょっとムズムズしながらもベッドでゆっくり休んで、翌日に備えた。


 朝は、日の出と共に起きて、家の用事をできるだけした。


 朝食を食べ終えたら、面接に行かなければならない。


 村には若い人は少ないようだった。


 それで、屋敷に勤める若い人を切望していたとか。 


 おばあちゃんに見送られて家を出た。


 私がこれから会うレーニシュ夫人は、この辺では気難しいと有名らしい。


 途中、通りで会った役場の人が、一部の村民からは煙たがられていると話していた。


 亡くなった旦那さんが貿易商だったとかで、かなり裕福だそうだけど。


 大きなお屋敷の扉をノックすると、出てきたのはレーニシュ夫人本人だった。


 面接相手は、夫人自らだった。


 屋敷の中には本当に人がいないらしい。


 廊下を歩いていっても、誰の気配もなかった。


 庭師の人が一人いたけど、ものすごく大きな人で、厳つい感じの人だ。


 多分、護衛とかを兼任してそう。


「それで?名前はフィルマだって?」


「はい」


 テーブルを挟んで、ソファーにそれぞれが座っていた。


 客間のソファーに案内してくれるって、そんなに悪い人に思えない。


 対面した女性は、小柄ながらに灰色の瞳の眼光鋭く、おそろいのような灰色の髪はショートカットにされている。


 おばあちゃんと同じくらいの年齢か、少し年上だ。


 レーニシュ夫人は、座った状態でも杖を足の間に持って、両手をその先端に乗せていた。


 すごく人を威嚇しているように見えなくもない。


「祖母と二人で移住してきたんだって?今度は生意気そうな娘がきたものだ。斡旋所から来た以前の子は三日でこなくなったからね。働かせてみないことには、使えるか使えないかはわからない。うちに勤めているマーサはあたしよりも年寄りで、今は三日に一回来ているけど、五日に一回にして他の日をあんたに来てもらいたいんだよ」


「わかりました」


「あんたの仕事は今からだよ。キビキビ働きな。怠け者に給料を払う気はないよ」


 仮採用ということらしい。


 その日から早速、レーニシュ夫人の元で働くことになった。


 マーサさんのメモ書きを見せてもらって、なんとかそれを読み込むと、仕事に取り掛かった。


 仕事量としては以前に公爵家でやっていた作業の半分にも満たないので、全く苦ではなかった。


 唯一私にできないことは料理だけど、それは近所の人が交代で作りに来てくれているらしい。


 もちろん、有償で。


 ご近所の人にはそれぞれ得意料理があるとのこと。


 私も作り方を覚えたいなって思う。


 洗濯物の山を洗って干し終えたら、軽く達成感はあった。


 ロープにかけられてバタバタと風に揺れる洗濯物を見ていると、気持ちがいい。


「あんたはノロマじゃないようだね」


 風とともに通り過ぎていったレーニシュ夫人の呟きが聞こえた。


 午後になって窓を拭いていると、上階から杖で床板をドンドンと打ち鳴らしている音が聞こえてきた。


「フィルマ!フィルマ!」


 続いて、夫人の呼び声が聞こえた。


 トトトトっと階段を駆け上がって、夫人の居室に向かう。


「はい、夫人。お呼びですか?」


「遅いよ。グズグズするんじゃない。調理場にパイの作り置きがあるだろう。持ってきな。遅れたら許さないからね」


「夫人は先ほどのティータイムでパイを二切れ召しあがっていました。もうお忘れですか?」


「お前、あたしを耄碌扱いしてるのかい?年寄りの楽しみを奪うものじゃないよ」


「夫人が明日死ぬのがわかっているのなら止めませんが、夫人はあと二十年は世に憚ります。この先ずっと美味しいパイを楽しみたいのなら、今日はもうお止めします。マーサさんの注意書きにありました」


「ふんっ。あんたはひと言多いよ」


「夫人に比べたら無口です」


「どの口が言うのさ」


「ハーブティーをいれましょうか?口寂しさが紛らわされますよ」


「じゃあ、それで今日は我慢してやるよ。パイは作ったその日が美味しいんだ。半分持って帰って、あんたのおばあさんとお食べ」


「お裾分けをくださっても、明日も食べ過ぎは止めますよ?」


「人の善意を疑うもんじゃないよ!早く熱々のお茶を持ってきな!二人分だからね!」


 やはり夫人はイイ人だった。


 夫人とお茶を飲んで、最後に片付けを終えると、今日はもう帰っていいと言われたから屋敷を後にした。


 家に帰るとおばあちゃんが庭先の畑を作っていたので、すぐに一緒に作業した。


 それから、いただいたパイを食べてから夕食作りに取り掛かった。


 食事前に甘いものを食べるって、ちょっと背徳感があって、余計に美味しく思えた。


 明日、夫人によくお礼を伝えよう。


 移住生活二日目は、こうして無事に終えていた。



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