第5話 セカンドライフに移行した

 生まれ育った故郷に到着して、おばあちゃんの姿を真っ先に探した。


 住んでいた家にはいなかったから、記憶を探って思い当たる所に行った。


 早朝の薄暗い中、畑に一人でいた小さな背中を見て駆け出していた。


「おばあちゃん!」


 私の声を聞いて振り向いたおばあちゃんは、驚いた顔を見せている。


 そして、すぐに破顔して、胸に飛び込んだ私を抱きしめてくれていた。


「フィルマ」


 すぐそばで聞こえたおばあちゃんの優しい声に、涙が溢れた。


 いつの間にか、私の方が大きくなってて。


「おばあちゃん……おばあちゃん……」


「帰ってこれたのね。あなたを守れなくて、ごめんなさい。ごめんね、フィルマ」


「おばあちゃんが元気でいてくれたらいいの」


 おばあちゃんの両手が私の頬を包み込んだ。


 私と同じ紫色の瞳が覗き込んでくる。


「あなたはジョエルにますます似てきたわ。体調は?どこか怪我はない?」


「大丈夫」


「公爵家は?あなたを解放してくれたの?」


「うん。セオドアがここまで送ってくれたの。それでね、おばあちゃんに話があるのだけど」


 おばあちゃんにこれからのことを説明した。


 その間、セオドアはしばらく離れた場所で待ってくれていた。


 私とおばあちゃんがひと通り話し終えたところで近付いてくる。


「移住の件は了承を得られたか?」


「うん。おばあちゃんも一緒に来てくれるって」


 おばあちゃんも、ここを離れて私と一緒に暮らしてくれることを選んでくれた。


「南部はこれから戦場になる。南には近づくな」


「わかった。どこに行けばいいのかな」


「案内する。持てる範囲で荷物をまとめろ。すぐに出発する」


 セオドアの言葉を受けて、おばあちゃんと家に戻ると、少しの着替えといくつかの生活用品を持って、町の外に向かった。


 おばあちゃんに徒歩の移動をずっとさせるのは心配だったけど、隣の町から辻馬車に乗っての移動となった。


 私はおばあちゃんと何気ない会話を楽しんでいたけど、何人かと一緒に乗り合わせた馬車の中では、セオドアは隅っこの方に座ると、フードを深く被って一言も喋らなかった。


 旅路は、そんなに日数はいらなかった。


 最後に立ち寄った町から、また別の辻馬車に乗って、長閑な風景が広がる中進んでいくと、目的の村に到着した。


 馬車とすれ違った人がいた。


 第一村人を発見だ。


 おばあちゃんと同じくらいの年齢の女性。


 いい人だといいなぁ。


 おばあちゃんのお友達になってくれたら嬉しいけど。


 停車場で馬車から降りると、やっぱり長閑な風景がどこまでも広がっていた。


 ヤギや羊がたくさんいて、どう見ても村人よりも家畜が多そうだ。


 素敵な場所だと思った。


「今から村役場に行く。お前は字が書けるか?」


「私、字はあまり、長文を読むのは得意じゃなくて、短いものなら読めるけど、書類とかになると……自分の名前くらいは書けるけど」


 本を開く事を許してもらえなかったし、そんな時間もなかった。


 だから、あまり文字をたくさんは読めない。


「俺が手続きをしてくる。お前はばあちゃんとそこに座って待ってろ」


 返事を待たずに、セオドアはさっさと行ってしまう。


 おばあちゃんと手を繋いで簡素な長椅子に座っていると、体感的に一時間ほどでセオドアは戻ってきた。


「移住手続きは終わった。通いの家政婦を募集していたから応募しておいた。町で一番大きな屋敷の家政婦だ。老婦人が一人で生活している。あの家だ。夫人は貴族ではないそうだ」


 セオドアが指差す先に立派なお屋敷が見えた。


 小高い丘の上にあるから、村のどこからでもよく見えそうだ。


「祖母と二人暮らしとはいえ、金は必要だろう。お前は明日、面接だ。異論は認めない」


「うん。わかった」


「家に案内する。しばらく空家だったそうだから掃除は必要だが、充分に住める。残されている物は好きに使っていいそうだ」


 また、セオドアはスタスタと歩いて行くから、後ろを急いで追いかけた。


「ここが、新しい家だ」


 案内された場所は村外れで、平屋の一軒家が建っていた。


 扉を開けて中を覗くと、部屋は一つみたいだけど、台所と食堂部分が別であるからおばあちゃんと一緒に住むには確かに充分だ。


「あ!オオバ!」


 足下に生い茂っている緑の植物に目が釘付けになっていた。


「おばあちゃん!オオバ!塩漬けにしよ!」


 見ると、家の日陰にたくさん繁っている。


「柔らかいものがいっぱいあるねぇ」


 おばあちゃんがニコニコしていた。


「ここでもお米は買えるかな。塩は高いのかな」


 パンよりもご飯が好きだ。


 おばあちゃんが握ってくれる塩おにぎりが美味しい。


「フィルマ、後にしろ。ほら、これは家の鍵だ。失くすなよ」


 セオドアから小さな鍵を手渡されて、ちょっとだけはしゃいでいたところを、落ち着けと引き戻される。


 ここまでは何もかもがとてもスムーズだった。


「準備していたわけじゃないのに……」


 私の疑問に、セオドアは答える。


「この辺は任務で何度も来たことがある。だからだ」


 それなら、この辺りがどんな所が把握できていたのか。


「セオドアは、これからどうするの?」


「帝都に報告に戻って、それからはまた命令次第だ。ここにはもう二度と来ないから、俺のことは忘れてお前はばあちゃんと静かに暮らせ。お前みたいな鈍臭い奴に、貴族の暮らしは、ましてや皇宮生活など不釣り合いだ」


 セオドアは命令で動くようだけど、ここまで命令無視を繰り返しているようで大丈夫なのかとは思った。


「セオドアは、あの人、カーティスの腹心とかじゃないの?」


「…………俺は、帝国の貴族ではないし、帝国の生まれでもない。カーティスを守れと命令されている」


 守れと命令されている……のなら、違う命令なら無視できるのかな??


「私、あなたとどこかで会ったことがある?」


「お前とは数日前が初対面だ」


 セオドアのような特徴的な見た目なら、忘れないはずだけど。


 セオドアにも、言葉の通りにそんな素振りは見られないから、やっぱり気まぐれで助けてくれたのか。


「ここまでいっぱい、ありがとう。あなたの立場もあるのに」


「利用されただけのお前みたいな間抜けな奴を見捨てたら、良心が痛むからだ」


 無表情が常のセオドアが良心を持ち合わせているのか甚だ疑問だ。


「お前はせいぜい小汚くしていろ。俺はもう行く。じゃあな」


 最後に少しだけ意味のわからない言葉を残すと、もう振り返りもせずにセオドアは去って行った。




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