おやすみなさい田代 血塗騎士
そして高校生になった田代 血塗騎士は、ナイフで己の体を切り裂いた。
はらりはらりと落ちていく、それまで懸命に伸ばした髪の一房ひとふさ。
洗面台に落ちた鏡を見て、田代 血塗騎士は口元をおさえた。
そして時計は0時をまわる。
田代 血塗騎士はポケットから折りたたんだ紙を取り出し、書いてある文字を目を血走らせて読む。
理解したくない内容だったが、その書面ははっきりと、田代 血塗騎士という少年がこの世から消え去ったことを主張していた。
本日この日より田代 リクという名前に改まったこの少年は、わなわなと震えながらその場にしゃがみこむ。
あの日。
田代 血塗騎士の名前を実の父に否定されたあの日。
田代 血塗れ騎士の名前を受け入れてくれたと思っていた親友など、最初からいなかった日。
あの日、あの瞬間、田代 血塗騎士の心は完全に凍てついてしまい、それから決して溶けることはなかった。
あの日から、かつて田代 血塗騎士であった少年は、田代 血塗騎士を時間と手間暇をかけて丁寧にていねいに殺していった。
高校に入学してまず行ったことは、学校に事情を説明して『田代 リク』という名前で田代 血塗騎士にを塗りつぶすことだった。
父に紹介してもらったオンラインゲームのギルドのメンバーにも、『リク』というハンドルネームで呼ばせるよう仕向けた。
そうやって『田代 リク』の実績を積み上げていき、今日正式に裁判所から改名の承認が降りたのである。
そうして、田代 リクという少年が生まれた。
田代 血塗騎士の命をもってして。
田代 リクは、髪がへばりついた洗面台に嘔吐した。
そして涙と、吐しゃ物に混じる血を見て、うめくように言った。
「ごめんなさい、ごめんなさいブラッディナイト……」
僕だけは、僕だけは君が大好きだったのに。誇りに思っていたのに。
守ってあげられなかった。幸せにしてあげられなかった。
けれど、田代 血塗騎士として生きる人生は、本当につらくて、いたくて、もう限界だった。
お母さんにブラッディナイトと呼んでほしかった。ブラッディナイトをかっこいいと言ってくれる仲間をたくさん作って、一緒に勉強したかった。
でも……。
「おにいちゃん」
唐突に洗面所のドアが開いて、田代 リクは慌ててタオルで顔を拭いた。暗いから涙で濡れた顔は見えないはずだ。
「どうしたの直哉、こんな時間に」
そこに立っていたのは、二歳になる弟の直哉だった。名前は母が考えた。
「うん……おにいちゃんといっしょにねんねしたかったけどいなかったから……」
田代 リクは直哉のちいさな手を取る。
熱いくらいにあたたかい手は、心底大事にしたいと思える温度だった。
「じゃあ今からベッドに戻ろうね」
「うん!」
兄弟は手を繋いで二階に上がっていく。
田代 リクは直哉の部屋に入ると、直哉をそっと抱き上げてベッドに寝かせた。
一度起きてしまった反動かまだ寝付く様子のない直哉は、田代 リクの手を取って小首をかしげる。
「おにいちゃん、おはなしして」
「いいよ。何のお話がいい?」
「あのね、おとうさんのすきなキャラのお話!」
「……うん」
田代 リクは弟の額を撫でながら、静かに語り始めた。
「あのね、血塗騎士・リクは長い髪の騎士なんだ。仲間をまもるために魔法の力で自分の血から剣を作り出して戦う優しい戦士で……」
直哉は、目をキラキラさせて田代 リクの話に耳を傾けていた。
このかわいい弟が、今後田代 血塗騎士の弟と呼ばれることがないと思うと、ほっとする。
ほっとしたことに、田代 リクの胸はまた凍てついた。
田代 血塗騎士を殺した少年 ポピヨン村田 @popiyon_murata
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