田代 血塗騎士の凋落 -3

 田代 血塗騎士の心が冬を超えられないまま春は訪れ、桜は咲いた。


 しかし、陸の桜は咲かなかった。



 出会ってから十年近くずっと、田代 血塗騎士は陸に叱咤激励される立場であった。それが揺るいだことなど一度たりともなかった。


「……」


 今日は登校日だったので、陸の噂は光よりも早く田舎の中学校を席捲し、人気者の陸のしくじりは今日一日見世物扱いだった。


 田代 血塗騎士は、いつもよりうんと歩みの遅い陸の隣を歩く。


 下校時に落ちる夕焼けは、陸と一緒に見るのでいつもきれいだったが、今日ばかりはおどろおどろしく見えた。


 どう声をかければいいのか、田代 血塗騎士にはわからなかった。


 結局、田代 血塗騎士と西園寺 陸の家につながる例の二股道に差し掛かるまで、田代 血塗騎士は陸に一言もかけられなかった。


 と、陸は突然立ち止まる。


 気づかずに数歩先を言ってしまった田代 血塗騎士は、慌てて振り返った。


「あーーー落ちた落ちた!」


 陸は天に向かって叫んだ。


 田代 血塗騎士は面食らう。


 見たことのない親友の様子が田代 血塗騎士をひるませ、ひるんだ田代 血塗騎士をやおら陸は抱きしめた。


「俺さぁ」


 陸は、震える声でささやいた。


「落ちちゃったよ。自信あったのに……」


 おそらく人生初めての挫折を経験したであろう親友は、田代 血塗騎士の肩で涙を拭いていた。


「俺、お前に負けちゃったな……」


「負けただなんて! ……僕が君に勝てることなんてひとつもないよ」


「今日勝っただろ」


 陸は田代 血塗騎士を開放すると、制服の袖で目をこすった。


「……お前は、努力で俺に勝ったんだよ」


「陸……」


 弱り切ってなお田代 血塗騎士に賞賛を送るその姿が、もはや田代 血塗騎士にはまぶしくすら思えた。


 やはり、本物の血塗騎士・リクには敵わないと――そう思う田代 血塗騎士の凍てついた心は、少しずつ溶けだそうとする。


「合格おめでとう、血塗騎士」


「うん、陸……」


 返事をしようとして、うん? と田代 血塗騎士は思い当たった。


 一瞬の間に思考を巡らせる田代 血塗騎士をよそに、陸は再び歩き始める。


 田代 血塗騎士。


 名付け親さえ過ちと断じたその名前を、西園寺 陸は他の人間と違って揶揄しなかった。


 田代 血塗騎士は、その名前を認めてくれる存在がひとりでもいたことで、どうにか辛い人生で人としての矜持を保ってこれたのである。


 しかし――。


「田代 血塗騎士名前に負けず、よくがんばったと思うよ」


 陸は、西園寺家の道を歩み始めた。


 田代 血塗騎士は、陸の背中を見つめ立ち尽くしていた。


 立ち尽くして、赤い夕陽は沈み、気づけば光のうるさい月が辺りを照らしていた。


 そして田代 血塗騎士は、


 田代家への道を歩み始めた。

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