田代 血塗騎士の凋落 -2

「おかえりお前」


 それは、受験勉強も佳境であったある夜のことであった。


 相変わらず主張の強い月と星の下を歩きながら自宅のドアを開けると、玄関で待っていた父の姿に田代 血塗騎士はぎょっとした。


「ただいま……もう0時近いよ? まだ起きてたの?」


「うん。赤ちゃんが起きてきたからミルクをあげて寝かせたところなんだ」


「お母さんは?」


「赤ん坊に添い寝してるよ。またすぐ起こされるだろうけどな」


 父は苦笑する。笑う目元には隈ができていた。


 田代 血塗騎士の受験の年に生まれた弟は、毎日夜泣きを繰り返して乳かミルクを求める。


「なぁ……ちょっと話さないか?」


「え、でもここ玄関だから寒いし……」


 言いかけて、異様な雰囲気を様子感じ取った田代 血塗騎士は、これはおとなしく話を聞くべきだと判断して玄関に父と腰掛ける。


 しばらく、重い沈黙が流れた。玄関なので隙間風が容赦なく入ってくる。


 田代 血塗騎士は沈黙とかじかむ手足に耐え兼ね、自分から切り出した。


「そういえば、赤ちゃんの名前はどうすんの? そろそろ決めてあげないと」


「! ああ、名前、そうか……」


 父が跳ね上がらんばかりの勢いで驚いたので、田代 血塗騎士はつられて震えてしまった。


 ひどく様子がおかしい。父は、今度は床を見つめだしてしまった。


「実は、話はそのことなんだ」


「赤ちゃんの名づけの?」


 父は顔を上げずに言った。


「お前の」


 父の言っている意味がわからなかった。


 なぜ、もう十五歳の田代 血塗騎士の名づけのことが今この場で取りざたにされるのか、田代 血塗騎士にはわからなかった。


 わからないはずだった。


「僕の名前のことはいいじゃないか。だってブラッディナイトは、父さんが心を込めてつけてくれた名前なんだろう?」


「……最初はそうだった」


 寒々しい玄関で、田代 血塗騎士は次第に汗ばみ始めた。


 父の言っている意味など、田代 血塗騎士にはわからないはずなのに。


「お前にずっと謝りたかったんだ」


「お父さん」


「自分の家族や母さんにさんざん怒られたから今ならわかる。でも、お前が生まれたとき、父さんも若かったんだ。だから俺は……」


「やめてよお父さん、やめて!」


「田代血塗 騎士いう名前をお前につけてしまった」


 田代 血塗騎士は、頭の中がぐわんぐわんと揺れるような心地の中にあった。


 耳をふさぎたかったが、両腕に力が入らない。


 だから、田代 血塗騎士は、田代 血塗騎士の名付け親の、田代 血塗騎士いう名前をつけてしまった弁解を、ただ浴びせられることしかできなかった。


「後悔している……。少し前まで、お前と目を合わせるのも辛かった…………。お前が望むなら、改名の手続きもするから」


 二階から、赤ん坊の泣き声が聞こえた。


 父はそこで初めてはっと顔を上げ、どたどたと二階に駆けていく。


「じゃあそういうことだから」


 どういうことなんだと問いたかったが……いや田代 血塗騎士には父の言っていることなどわからないはずなので、何も問うことはない。


 田代 血塗騎士は汗ばむ体を我が家の玄関に冷やされながら、顔を伏せて膝を抱く。


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