田代 血塗騎士の反抗 -2

 田代 血塗騎士の反抗 -2


 これまで毎日学校からまっすぐ家に帰る生活しか経験したことがない田代 血塗騎士にとって、宵闇の帰宅は若干の勇気を要するものであった。


「た、ただいま」


 細い声で一応そう告げる。


 返答する者はいないと理解していたが、一縷の望みをかけた声掛けが習慣となっていた。


 が。


「お、おかえり血塗騎士」


 田代 血塗騎士は靴を脱ぎながら思わず体勢を崩した。


 リビングの方から、確かにそう聞こえてきた。


 この世で悪意なしに田代 血塗騎士の名前を呼ぶ人物はただひとり父しかいない――。


「あらあんた今日は遅いのね」


 びくりと震えて玄関前の階段の方を見ると、そこにはたまたま階下に降りてきたところだったらしい母が、なんと、


「おかえり」


 と、確かにそう言った。


 田代 血塗騎士がこの世に生を受け早十四年、それは初めてのことであった。


 頭から疑問符を飛ばしつつ、食卓につく。しかしまったく味がわからなかった。


 田代 血塗騎士のあずかり知らぬところで、夫婦は勝手に、自力で再構築したらしい。


 自分がまったく夫婦のかすがいにならなかったことは、ますます田代 血塗騎士をみじめにした――が。


「お父さん、お母さん、話があるんだ」


 両親の歓談がひと段落したところを見計らい、田代 血塗騎士は声を上げた。


 いつも人形のようにおとなしい息子が張り上げた声に、今度は夫婦の方がぎょっとしていた。


 今日は二人ともすごく機嫌がよいみたいだ。今。今しかない。


「僕、塾に行きたいんだ!」




「……で? 成功したんだな?」


 陸の家で、急須で丁寧に淹れられた茶を出された田代 血塗騎士は、にやにやをおさえられないまま首を横に振った。


「じゃあなんで嬉しそうなんだよ!」


 陸は口に含んだ茶を少し噴き出していた。田代 血塗騎士はこそこそと耳打ちする。


「それがね……」


「え……ええー⁉」


 陸は大きな目をぎょっと見開く。


「弟か妹⁉ お前ん家って赤ん坊産まれんの⁉」


 田代 血塗騎士は黙ってこくんとうなずいた。


 昨夜、両親の機嫌がよかった原因は、仲を取り戻した夫婦が新たな命を授かったためである。


 その子にお金がかかるからという理由で田代 血塗騎士の塾通いはあえなく却下されたものの、田代 血塗騎士は十分に満足を得ていた。


「そっかぁ……じゃあ、志望校のレベル下げんの?」


 田代 血塗騎士は、またしても首を横に振った。


「僕、陸と同じ高校を目指そうと思うんだ」


 陸が志望している高校は、県内トップの公立高校である。


 陸ならば現実的な志望校だが、それが田代 血塗騎士ともなると話は大きく異なってくる。


「……本気なんだな、その目」


「わかってくれて嬉しいよ。これはね、僕の君に対する気持ちでもあるんだ」


 陸の美しい母が淹れた茶は、すっかり冷めきっていた。


 けれどもそれを口に含むと熱い。田代 血塗騎士の全身が熱いのだ。


「僕……君の気持ちにこたえたいんだ」


 陸は、田代 血塗騎士の憧れだ。いつまでもカッコイイ血塗騎士・リクだ。


 その憧れに並び立つ存在であれればと、この頃の田代血塗騎士は願わずにいられなかった。


「僕、がんばるよ」


「おう!」


 二人はぐっと拳を合わせる。


 それは、田代 血塗騎士の人生の最上の瞬間だったのかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る