ぼくが田代 血塗騎士と知った日 -2

「ねぇねぇ、どうして田代 血塗騎士いう名前なの?」


 それは、田代 血塗騎士が進級するたびに決まって登場する質問であった。


 そう尋ねる新しいクラスメイトは目じりがいやらしくさがり、口元はひくひくと笑んでいる。


「お父さんが好きなゲームからとったんだって。自分の身を犠牲しにてもだれかを守れるようにって」


 誇らしい理由を、包み隠さず言えば、必ずはじけるような笑いが辺りに満ちた。


 田代 血塗騎士は唇を噛んでうつむく。


 きっと、血塗騎士・リクであるならば、こんなときは強く耐え忍ぶはずだから。




「ランドセル置いたらまた俺んち来ねー? お前の元ネタの人のゲームのリメイクが届いたんだ」


 田代 血塗騎士の下校風景の記憶は、そのほとんどが田んぼと畑と、隣で他愛ない話をする陸の姿で占められている。


 地域全体が見晴らしが良いので、時折同じクラスの子供が田代 血塗騎士を見つけ、『おいブラッディナイト!』と叫ぶこともあった。


 しかし大概は陸のひとにらみですごすごとしっぽをまいて逃げていく。


 ただそれだけで悪い子をこらしめしまう陸のことが、田代 血塗騎士の目にはいつもまぶしく映った。


「ううん、そのゲームはお父さんとやりたいんだ」


「お前、本当に家族ラブなやっちゃな」


 田代 血塗騎士はあいまいに笑った。


「それに陸の勉強の邪魔しちゃ悪いよ。せっかく頭いいのに遊んでばっかじゃだめじゃない」


「ううん……そうだな。塾もあるしな」


 目の前の道は二股にわかれる。


 田代 血塗騎士と西園寺リクは、いつもそこで別れる。


「また明日」


 そう言ったものの、田代 血塗騎士はしばらく陸の去っていく背中を見つめていた。


 陸の姿が見えなくなり、田代 血塗騎士は肩を落として帰路へ着く。




「ただいまお母さん」


 自分で鍵を開けて入った自宅で出迎えはなかった。


 住人は在宅している。母は顔も上げずに、リビングで本を読みながらコーヒーをすすっていた。


「……あんたのごはんは冷蔵に入れておいたし、あとは自分でやって」


 それはいつもの光景だが、田代 血塗騎士は沈んだ心に鞭打って自室へと引き下がっていく。


 田代血塗騎士は、もうまもなく中学生になる。


 母が自分のことを嫌う理由は、誰に教えられずとも察することができるようにはなっていた。


 だから家庭で田代 血塗騎士にできることは、ゲームのコントローラーを二つもって玄関で父を待つことだけだった。


 田代 血塗騎士が母の事があってどうにか耐えられているのは、田代 血塗騎士を全身全霊で愛してくれる父の存在があったからに他ならない。


 今日こそは、今日こそはと期待と不安がないまぜになる心で待っていると、父はようやく帰宅した。


「おとうさん、一緒にゲーム……」


 声をかけた父は、すでに田代 血塗騎士から背を向けていた。


 目の前には明るく光るパソコンのディスプレイが二つ並んでいる。


 そこには、しばらく前から父が夢中になっているオンラインゲームをプレイしている様子が映し出されている。ちなみにタイトルは、田代 血塗騎士の名づけの元になったゲームの続編にあたるものである。


 最近の父は、妻でも、息子でもなく、インターネットの向こうの誰かとにやにやしながら会話することに夢中だった。


 田代 血塗騎士はコントローラーを持つ手をだらりと垂らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る