大嘘2
トントントンッとキッチンからリズムよくまな板を叩く音が聞こえる。足を運ぶとエプロンをした小春の姿があった。
「あ。今、お味噌汁作ってるのでご飯もう少し待っててくださいね」
笑顔で言われ、普通なら彼氏としては照れるだろうがなんとも思わない。とりあえず作り笑顔。
「住所さんは苦手なものありますか?」
「俺は何でも食べますが、上川くんはピーマンが嫌いですね。なので、わざとピーマンの料理出してあげてください」
冷蔵庫からピーマンを取り出す。隣に立ち包丁を借りると二つに切り種を取る。
「えっ嫌いなのに食べさせるんですか」
「あれは大きな子供ですから。克服させないと」
彼女の隣で俺は慣れた手つきで包丁でピーマンを切ると嬉しそうに微笑む。
「住所さんって面白い人ですね」
味噌の優しい香り。グツグツと沸騰する音に俺は無意識にコンロの火を消す。
「面白い? 俺が面白いですか。よく分かりませんね」
ピーマンを細切りに小さなフライパンに投げ込み、味噌汁の鍋を退け火をつける。炒めながらめんつゆを少し入れ香ばしい香りがしたら火を消し、箸で摘まんでは彼女の掌に置く。
「味見を」
俺の言葉にパクッと目を瞑る姿から彼女もピーマンが苦手な印象を受けたが返ってきた言葉は「美味しい」。無感情な俺でもその言葉は嬉しかった。皿に盛り付けリビングへ。
「(明るい声で)上川くん、ピーマンの炒め物出来ましたよ」
「えっ……ピーマン。俺、食えない。もしかして小春ちゃん。嫌いな俺のために……」
嬉しさのあまり嘘泣きする上川に俺は言う。
「いえ、俺が作りました」
「はぁ!? お前かい!!」
軽く言い合いしていると小春が漬け物、白米、味噌汁、焼きホッケとテーブルに置く。質素だが昔ながらのバランスよい料理。味は濃くも薄くもなく丁度よく優しい味わいの白味噌と豆腐とネギの味噌汁。少し固めの十六穀米。食べなれてない俺には抵抗があったが不味くはなかった。
隣の上川は、ピーマンと睨み合いカッコ悪いのは嫌だと口に頬張る姿がなんともダサい。不機嫌そうな顔で目を閉じ、口を動かしてはとカッと目を開き俺を見る。キラキラと目を輝かせ、よほど美味しかったのか手が止まらない。
「このピーマン、うまっ」
「白い部分が苦いらしいのでめんどくさかったんですが、すべて取りました」
渋々、漬け物に手を伸ばしカリッと俺はキュウリを噛る。
「住所、天才。マジ神」
「次はピーマンの肉詰めですかね」
ポリポリと漬け物が美味しくキュウリばかり食べていると小春が俺を見て笑う。
「漬け物お好きなんですね」
「あぁ、よく祖母の家で漬け物や煮物を食べてたもんで。洋食よりも和の方が俺は好きなんですよ。切り干し大根とかひじきとか。里芋の甘煮とか」
キュウリからカブへと手を伸ばす。
「じゃあ、次呼ぶときに作れるようにしておきます」
「それは楽しみですね。里芋よろしくお願いします」
焼きホッケの身を箸で丁寧にほぐし、ほぐせない上川のためにご飯の上に乗せる。
「マジ神」
「壮年なんだから魚の身ぐらい取ってくださいよ。お子様じゃあるまいし」
文句を言いつつほぐし終わった自分の皿と上川の皿を交換し、何もなかったように俺は白米に乗せ食べる。しょっぱさと香ばしく焼けた魚の身はホクホクの白米との相性は抜群。
「上手いですね」
「フフッ住所さん食べ方綺麗ですね。なんだか上川さんが子供に見えてきました」
クスクスと俺と上川を見て笑い、彼女も漬け物に手を伸ばすと普段よりも人数が多いせいか。とても楽しそうに見えた。
彼女の代わりに食器を洗い、リビングで寝ている上川を足で蹴る。小春はお風呂に入り、濡れた髪をタオルで拭きながら可愛いパジャマの姿に俺は微笑み、上川は「メチャ可愛い~!!」とスマホを取り出す。
「上川くん」
「小春ちゃん、一枚撮ってもいい? おねがぁーい」
「えっ……」
「こら、困ってるでしょ。帰りますよ」
首根っこ掴み引き離も俺に抱きつく。
「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい」
呪文のようにしつこい欲と言葉に呆れた俺は上川の耳に囁く。
「それ、あまりやると嫌われるのでは。メンヘラ? ヤンデレでしたっけ? お止めなさいな、上川くん。今日の小春さんのパンツの色は多分、うす緑の可愛らしいフリルです。隙を見て覗いたら下着入れから消えてたのでそうかと」
俺の言葉に紙はキラキラと笑顔。
「オビオビィ~大好き。だから、お願いパジャマ撮って」
「お断りします。貴方が変に彼女の前で行動を起こすと俺が嫌われそうなんで。少し黙っててくれますか。じゃないと、隠し撮りした写真渡しませんよ」
「隠し撮り」
キラーンッとキリッとした目。
「マジ?」
「マジです。 後で送るんで我慢してください」
「今」
「ですよね」
スマホを取り出しわざと仕事の話をしながら『例の取材の写真』として小春の下着姿を送る。
「神」
「クズ、次やったらピーマン生で食わせるんで覚悟するように。さて、そろそろ帰りますか。付き合って早々俺はアレをやるほど優しくないんで」
手を振りながら外へ。階段を降り、エントランスを出ると上川は俺に抱きつく。
「隠し撮り最高」
「ついでにカメラと盗聴機付けたのでオレの気分が良ければ送ります」
「かみぃー」
「
「かみぃ~」
酔っぱらっているわけでもなく。ただ、楽しかっただけ。知り合いにカメラや盗聴機を仕掛けたことがスリルがあったのか。さては、何より女性のパンツを間近で見たのが始めてでやや興奮していたのか、鈍感すぎて自分の感情すら分からなかった。
「もし、小春ちゃんがオビオビとは別の男と居たら――俺、殺しにいっていい?」
上川は上を見上げ、じっと彼女の部屋を見る。
「それが、嫌われる理由じゃないんですか。メンヘラさん。貴方、監禁、ストーカー、DVとかしそうですよ。俺は興味ありませんが……」
スマホが震え取り出すと『今日はありがとうございました』と小春からのメッセージに俺は無意識に笑う。
上川に見せようとするが、何故か秘密にしたくなり何もなかったようにポケットへ。
「俺も君も子供ですね」
「へ?」
「いいえ、大きな独り言です。さて、帰りましょうか」
俺が歩き出すと上川は腕を伸ばし「飛行機」と子供かと突っ込みたくなる。しかし、彼は気づいているのか抱きつく代わりに口ずさむ。
「ちょっと寄り道しよ」
「仕方ないですね。では、
“取材”を“殺し”と言ったのはほんの出来心。口で言ったらバレる。なぜかそう脳が錯覚したのか。口から漏れた。
――あぁ、いい響きだ。
そう思った俺は“変”だろうか。
互いの洞察力・観察力の強さを活かし歩きながら俺は監視カメラをハッキングすると背後に二十ぐらいのお洒落なドレスを女性。この近くに風俗はなく如何にも怪しい服装。
「女性、ですかね」
「え、マジ!!」
恐れ無しにバッと振り向くと上川。目があったのか足を止め、ナンパするように言う。
「君、可愛い。俺好みだから少し遊ばない?」
貴方バカですか、と呆れ半分を俺も振り向くと彼女の手には包丁。
「上川くん」
「お姉さん、あーそぼ」
腕捲り駆け出すと容赦なく女性に拳を振るう。女性は対抗するよう包丁を突き出すと上川は刃を素手で掴み引き寄せ、女性の顔面を殴るふりして抱き締めた。髪の毛の匂いでも嗅いでいるのか動きが止まり、何か囁いたのか。女性の手から抜けたナイフを持ち直し、腹を何度も突き刺す。痛みに声を出すも上川がジャケットで口を塞ぐようと頭を押し付け、声を殺す。
「貴方にしては珍しいですね。刺し殺すなんて」
「オビオビ。勢いあまって殺しちゃったぁ」
絵文字の泣き顔を思わせるような潤んだ声に、いやいや貴方、と俺は口出すとグスッと啜り泣く。
「職場に送りつけますか? もしくは、彼女を雇った主犯に」
俺の言葉にパーッと笑顔になる上川。ナニソレ、たのしそー。そう言いたげな顔だった。
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