大嘘1

 カタカタとキーボードを叩く。隣に置いていたコップに手を伸ばし、スッとコーヒーを一口。ざわつく社内。「住所」と上司に声かけられ説教と思えば誉め言葉。

 昨日の駐輪場の事件。それをメディアよりも詳しく書いた記事が取り上げられ、発信が早いと評価が付く。ネットでは「詳しすぎ」「妄想しすぎだろ」と賛否両論だが“表”の話。どうでもよかった。


「休憩してきます」


 火の付いてないタバコを咥えながら、オフィスを抜け喫煙所に向かう途中。小春が見知らぬ男社員にしつこく口説かれてるのが目に入る。


「今日飲みに行かない?」


「すみません、私は――」


 か弱い。若い。後輩。目には見えないが、俺には彼女にレッテルが貼られてるように見え仕方ないと足を運ぶ。彼女の肩に手を乗せ「あぁ、ごめん。お待たせしました。記事の情報提供だっけ?」と嘘付く。


「住所……さん」


「えっ、彼氏?」


 男は俺を見てひきつる。社会で『一番おかしい奴』と一部で言われている人【】が小春と釣り合わないと言いたげな顔。


「……記事の打ち合わせですが何か。別に俺は彼女の――“上司”なんで。あまり困らせないでくださいよ。何処の部署かは知りませんが用があるなら一言ぐらい言ってくれないと」


 追い払い、誰もいないフリースペースで約束もしてない打ち合わせ。


「前の児童用の写真の件ですが」


「あの……」


「今回も可愛いのが良いですよね?」


 噛み合わない会話。彼女は気まずそうだが俺は至って冷静で“振った”ことすら気にしてない。他の男に取られたら、川上に何を言われるかを想定して回避しようとしたまで。

 スマホを見せ花の写真や電車と子供が興味を引きそうなモノを見せるとストーカーのように上川が「見っけ」と俺の背後から顔を出す。


「朔也、事故記事で盛り上がってるんだって? ヒューヒューやったな」


 肩を組まれるも無視。「で、次回は何を書くんですか?」と話を続ける俺を見てなぜか笑う。


「何か、面白いですか?」


「ううん。住所さんらしいなって」


「らしい?」


 クスクス小さく笑う彼女に俺ではなく、上川がうっとり。小声で悪魔の囁きをしてくる。


「今、コクれ。振ったの懺悔して心盗めよ。嘘つき野郎」


 首に抱きつくふりして手には小型のナイフ。言葉での脅迫は何度も受けているが物での脅迫は初めて。深々と食い込み、痛みがジワジワと強まる。流石に社内で騒ぎを起こすわけには、と俺は上川の囁きを呑む。


「あの時はすみません。咄嗟に言われたので混乱してたようで。もし、可能であるならば不器用な俺ですが“よろしく”お願い致します」


 告白したことを忘れるほど、気付いたときには定時。帰ろうと席を立つと周囲の嫌な視線。上川がわざと言いふらしたのだろう。陰口が音楽のように耳に入る。俺の帰るのを伺い、小春の同期や先輩が俺を見て小春に言う。


 ――良かったね。


 独学だが読心術で読み取るとそう言っているような気がした。


「おつかれしたー」


 上川が先に上がり、下を指差し廊下へ。釣られるように歩くと後ろから「住所さん」とか弱い声に一瞬止まりかけるも振り向きたくない。


「ん、じゃあ。帰りましょうか」


 彼氏にしては冷たい。それが『俺』。バツアリだが付き合う度に毎度思う。“人の愛し方”が分からない。


 ――こう言うとき何を話したら。


 特に話もなく外へ。待っていましたと上川が後ろから俺と彼女に飛び付くと地雷を言う。


「あー朔也。俺が振られた子と付き合ってる。俺のどこが悪いのさ。イケメンだと思うけど」


 気まずそうな小春の代わりに俺が口を開く。


「チミの子犬な所と責任のない態度ですかね」


 ズバッと切り捨てるように言うと「グハッ」と大きく仰け反り膝をつく。


「それですよ。壮年のクセに甘ちゃんで構ってちゃんで。ワンワンしてるから振られるんですよ。ね、小春さん」


 彼氏らしく彼女を家まで送ると「一緒にご飯食べませんか?」とまさかの初回で食事の誘い。いくらなんでもお人好しすぎる。


「いえ、結構です。男二人入ったら疲れるでしょう」


 言葉を考えない俺の発言に上川が小声で「おいおいおいおい、それはないって。愛しの小春ちゃんの手料理なんだぞ」と俺の脇腹をこつき、グジグジと言う。


 咳払い。


「やっぱ頂きます」


 不器用ながら上川に背中を押され部屋に上がるとフワッと香る甘い香り。白ベースの室内にパステル色の家具が揃う。可愛らしいぬいぐるみにクッション。とりあえず手洗いうがいしソファーに腰かけた。隣で嬉しそうに便乗し、可愛いマカロンクッションを握りしめる上川の鳩尾に肘をねじ込む。


「うっ」


「変なことしないように」


 俺の言葉にニヤリと笑み。何か言いたそうだったが、小春が「お茶置きますね」と小さな丸テーブルに置いたとき、スマホがブブッと鳴る。目を向けると上川。



【黒白死神@神っちだお(σ*´∀`)】

『パンツみたぁーい。パ・ン・ツ。小春ちゃんのパンツ( ・`д・´)キリ』



 口では言えないと裏SNSでふざけるアホ。



【黒白死神@神っちだお(σ*´∀`)】

『探してきてよ( ・`д・´)キリ』


【黒白死神(@神っちだおσ*´∀`)】

『ねぇねぇ(n‘∀‘)η見てるでしょ?

 おねがぁい、ブラでもいいよ(*´ω`*)』



 場を考えない発言に俺は――。



死亡記事オビチュアリー@記者】

『死ね』



 一言呟いて席を立った。

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