あなたと滝の下で

だずん

あなたと滝の下で

 私は久美くみ。今日はパートナーである美穂みほと一緒に大阪のとある滝までの道を散策している。


 同性婚が可能になった年、今から3年前に美穂と結婚して、それからは時々こうしてのんびりとした場所におもむいて、ふうふの仲を深めている。


 私は美穂と手を繋いで、小川のせせらぎを感じ、緑いっぱいの自然に覆われてできた日陰の中を一緒に歩いていく。


「ねえ美穂、やっぱりこういうとこは涼しくていいねー」

「ほんまそれなー。やっぱ夏は涼しいとこに限るな」


 今日は夏真っ盛りの8月3日、土曜日。


 こんな暑い日は家の中でクーラーを掛けて過ごしたいところだけど、そうしたらやっぱりやることに新鮮味が無くなってしまう。もちろん一緒にテレビを見たりするのもいいんだけど、せっかくの休日なんだから、やっぱり家でいるのはもったいない気がする。


 そういうわけで、今日は美穂と相談して、涼しさを感じられるこの場所に来たのだ。


「ねー久美、あそこ魚おるでー!」

「どれどれー?」


 美穂が魚がいる方向を指差す。

 けども、私がその方向を見てみてもよくわからない。


 私が「んー?」と首をかしげていると、「ほら、あれやって! あれあれ」と人差し指を縦に振って、ここにいますよと主張する。


 じっくり観察していると……やっと見つけた。

 銀色の綺麗な魚だ。


「あー! あれかぁ~」

「お、やっと見つけてくれたか! なんか綺麗やんな」

「うん、綺麗」


 こんな何気ないやり取りでも、なんだか楽しい。

 美穂はいつもこんな感じに元気で、ちょっと子供っぽいところがある。だから世話が焼けることも多い。でも、そんな元気を分け与えてくれるから、私は美穂が好き。



 それからしばらくふたりで歩いて、美穂が「あっちにも魚おんで!」とか「あ、鳥!」とか言ってふたりではしゃいでいた。いや、手を動かしたりして子供みたいにはしゃいでるのは美穂だけか。まあ私も内心は結構はしゃいでるつもりだけど。


「あ! なんかここに書いてんで!」


 美穂が向いた方向を私も見ると、そこにはこの場所の歴史を記した看板があった。

 私と美穂は沈黙して看板に書かれた文章を読む。


「へー、ここって昔はこんなとこやったんやねー」

「うん、そうだねー」


 文章を読んで、こうやって美穂と共感して。それだけなのにお互いに笑顔になっている。

 よく考えたら、なんでだろう? って疑問が生まれる。だってふたりで一緒に文章読んだだけなのにね。それの何が楽しいのかって言われたら何故か説明できない。そういう気持ちになったからそうとしかわからない。


 まあ別にわからなくても困る話じゃないだろうし、実際いま楽しいからいいんだけども。

 

 そんなちょっとした疑問を覚えながら私たちは横に並んで歩く。


 思考モードに入った私は、並んで歩いていること対しても思考が働いて、ちょっと昔のことを思い出す。



 付き合い始めた頃、美穂は元気だからか歩く速度が速くて、手を繋いでいても美穂だけが前に行きそうになり、私も引っ張られそうになっていたんだけども。その度にちょっと申し訳なさそうな顔をしながら私の横に戻って並んでくれていた。


 元気でついつい先走りがちな美穂が、わざわざ私のことを気遣ってくれるのがすごく可愛くて、嬉しかった。

 そうして、いつしか美穂はいつでも私の横に並んで歩いてくれるようになった。


 あー、やっぱり好きだなぁ。

 今だってこうして横に並んでくれている。「あ!」って言うときも先走るのは声だけで、ちゃんと足は私の横にある。たまに足が前に出そうになるのをこらえてるのが伝わるけど、むしろそれが可愛い。



 そんな思考にふけっていると、ちょっと私の足が疲れてきた。


「ちょっと足疲れちゃったかもー」

「あ、まじか! ベンチとかに座んないとー。ちょっとここのマップ、マップ……」


 そう言って美穂はカバンの中からガイドマップを探す。


「あった、あった。えーと? さっきここ通ったから今がここらへんで……次の休憩所が近そう!」

「そっかー、ありがとね!」

「うん、やからちょっとだけ辛抱しててね! 万が一無理そうだったらおんぶしてあげるし!」

「おんぶは無理でしょー」

「ウチ頑張るから!」


 そんな冗談で私を笑わせてくれる美穂も好き。

 いやこれは本当に冗談なのか……?

 美穂ならやりかねない……。



 そうしてしばらく歩くと休憩所に到着した。

 私たちは持ってきた水筒で冷たいお茶を飲む。


 ごくごく。


 こんな夏の中、冷たいのがのどを通って体の中に落とされる感覚はすごく清々すがすがしい。


「ぷはー! やっぱ冷たいお茶は最高やな!」

「そうだねー。すごくおいしいと思う。夏っていうスパイスが効いてるのかも」

「お! 確かに! 久美ったら、こういうとこセンスええなぁ」

「ほんとー? ちょっと思ったこと言っただけなんだけどなー。でも褒めてくれるの嬉しい」

「嬉しいんや~。それやったらもっと褒めてやろうやないかぁ! 久美って綺麗やしかわいいしウチのことよく見てくれてるしキス上手いし――」

「ちょちょ待って待って! 嬉しいけどなんか恥ずかしいから……」

「えへへー。ごめんごめん。じゃあまたおうち帰ってからやろっか」

「え、結局やるの!?」

「おうちなら恥ずかしくても問題ないでしょー。ウチってば名案!」


 もー、美穂ってばー。

 でもこういう面があるからこそ、私は今こうやって幸せに生きてられる気がする。

 私ひとりだったらこんな冗談めいたことは考えられないし、そもそもひとりだったら冗談を言う相手もいないし……。

 あれ? ひとりだったら何か言う相手がそもそもいないのか……。なんかちょっと前に考えたことに通ずる気がする。



 そんなこんながあって、私たちは滝の前に到着した。

 

 ザーッという音と共に、視界の上から下まで水が連なり落ちている。

 滝の目の前ってわけじゃないけど、滝自体が大きいから十分に見応えがある。


「おー! でっけー!」

「でっかいねー。それに涼しい」

「マイナスイオン的な、なんかじゃね?」

「確かにそれかもー。きもちー!」


 マイナスイオン的な何かなのかはわかんないけど、冷たくて気持ちいい。

 来た甲斐かいがあるってものだ。

 それに美穂の元気さが発揮されるのはやっぱり外だから、それに触れられたのもすごくよかった。うん。


「ねえ久美……」


 美穂にしては珍しく物憂げな表情で私を呼ぶ。


「どうしたの?」

「あのさ、思い出してん。結構前、多分ウチが高校生の頃やったかな。学校で嫌なことがあった時に1回だけ気分転換にここに来たことあってんな」

「うんうん」

「でもあん時も魚見つけたり看板読んだり、最後にはこの滝に辿り着いてたんやけど、どうも寂しかったんよな。やって『あ!』って言ったって誰も見てくれないし、看板読んだって共感してくれる人いないし、滝見たってその感想を言う相手がいなくて、なんかすごくむなしくなっちゃって」

「うん」

「そん時すごく悲しかったんやけど、その思い出があるからこそ今ここに、久美が隣にいてくれるのがすごく嬉しくて……。やから、その……ありがと。好きだよ、久美」


 そっか、そっかー!

 なんだか全ての答えが出た気がする。


 それから、美穂がこうやってまじめに好きって言ってくれることは少ないから、心の奥から幸せな気分が広がって全身が幸せに満ちて、美穂のことが物凄く愛おしく感じる。ちゃんとこの幸せは噛み締めなければならないものなんだよね。当り前なんかじゃない。


 だから――


「ありがと美穂。私も大好きだよ」


 私は美穂を抱きしめる。

 そうして耳元でこうささやく。


「一生愛してるよ」

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