第3章 東の国の獣たち
MISSION:57 北の風のルァッコルォ
◆
ピクリ。
気配を察知するのは鼻と耳であろうか。
「……来る」
風が運ぶ匂い。それとも音か。人には感じることのできない、僅かな便りなのか。それを感じ取る者がいた。
「どうしたんだい? ルァッコルォ」
「それがし、感じ取ったのでこれにてお暇させていただきたく」
「またかい! アンタそうやっていっつもサボってるじゃないか!」
「ち、違っ、違うのであります! 違うのであります!」
仰々しく膝をついた少女が、慌てながら言い訳を始める。
「それがしの鼻と耳は、なにやら
それはルァッコルォと呼ばれた、この少女の力。
イベントを嗅ぎ取ることが可能な能力。しかし、的中率は10%にも満たなかった。ゆえにお団子屋さんの女将には、サボる口実だと思われていたのだ。幾度も繰り返したためである。
しかし今回感じ取ったものは間違いではない。くしくもスー家の暴れん坊と、その暴れん坊仲間が、海底遺跡を調査しているタイミングだったのだ。力ある存在を、確かに感知していた。距離にしておよそ1900km。匂いではない。音でもない。彼女自身も気付いていない力の発露。予知能力の兆しが表れようとしている。
獣人目ケモミミ科犬人族のルァッコルォ。
ピンと立った耳、フワリと柔らかな尻尾。それらが感情をあらわにするため、愛らしくも凛々しい顔立ちと相まって、彼女は客に大人気の売り子だ。女将が逃すはずもない。
「事情は知ってるよ。だけどねえ……あの子が店に来なくなって、もう3ヶ月は経つだろう?」
「は……はい」
それがどういうことなのか分かるんじゃないか、と女将の表情は語っている。だからキッチリ働いてもらわなきゃあ困るんだよと、叱り飛ばした。
「まったく、ヤーニャムのヤツも辞めるなら一言残してくれたらいいのに」
猫人族のヤツらは自由人だから仕方ないと、諦めの表情を浮かべる女将だった。
「アンタはダメだよ、ルァッコルォ。可愛いしお前まで手放すのは惜しい。どうだい、借金返済が終わっても、ウチで働いてくれないかい?」
「あ、ありがたきお言葉なれど、それがしはニャムちゃんを探したいのであります」
「やっぱりダメかい。残念だよ」
「彼女には恩がありますれば。そ、それに彼女にも、そのぉ……借金が……」
「……感に頼るのはやめな」
感ではないと言い張るルァッコルォ。しかし、仕事は仕事。彼女のお暇願いは許されなかった。当然のことである。真面目に働くこと3日。毎度の返済分を天引きされた給金を獲得した彼女は、財布を握りしめて意気揚々と出掛ける。
「無駄遣いするんじゃないよー」
「女将さんっ、今日は絶対に大丈夫でありますよ! 今日こそ絶対なのです!」
なぜならルァッコルォには分かっていたのだから。イベントを嗅ぎ取る能力で今日は来るのだと。そう確信できるほど、強い感覚を得ていた。
「来るのであります! 来るのであります!」
真面目で義理堅く、愛らしい彼女の唯一の欠点。どうしようもない欠点。
思慮
「3番! ガンバレ3番ッ!」
賭けに勝てば一気に借金返済が可能だと、
「ぁぁあああぁぁぁそんなのないでありますぅっ!」
彼女は給料日に生活費を失った。給金を得て1時間後のことである。あれほど強く「来る」と、確信できた気配とはいったいなんだったのか。ルァッコルォは、なにを信じるべきだったのか。少なくとも3番のユニコーンではないことが明らかになった。
「ぜ、絶対叱られるのであります」
2番のペガサスにしておけばとぼやきながら、足取り重く間借りしているお団子屋さんの一室へと向かうルァッコルォ。
「ルァッコルォ?」
「イッヒッ! はヒ! ち、ち、違うのでありますっ!」
「はぁ……違わないんだろう?」
「ぎょ、御意……」
ルァッコルォの肩に手を置いた女将が伝える。もういいんだと。お前は自由だと。好きに生きろと彼女に伝える。
「お、お待ちくだされ女将さん! もう止めるのです! 賭け事には金輪際手を出さないと誓いますので、どうか、どうかお慈悲を!」
ルァッコルォの頭の中を駆け巡る解雇の文字。借金で首の回らない彼女を引き取ってくれた、女将からの首宣告とも思える言葉に土下座で許しを請うた。
「その子、するぅ~?」
≪うわーーーーーーーーーうわーーーーーーーカーワーイーイィィィ!!≫
「ホンマじゃ、凄いカワイイ!」
「この子たちが身受けしてくれるそうだよ」
「えっ? こ、子供でありますが……?」
◆
嗜虐心がそそられるようなウルウルした瞳で、コッチを不思議そうに見上げる少女。かわよ。
彼女の借金を肩代わりしてくれたら、連れて行っていいよと女将から言われてる。
超カワイイって街で噂の店員さんを見るために、お団子屋さんに来てみたんだ。そしたらそんなことを言われたよ。たぶん賭け事に負けて給料全部スって帰って来るからチョットお待ちよってさ。
ぽっと出キャラの加入って、こういうことなんだなーって分かるような、突然の出来事だったよォ?
どういうことなのか詳しく聞いたら、ルァッコルォっていう可愛い店員さんには、探し人がいるんだそうな。でも相手は自由気ままな猫人族だから、フラッとどこかに行っちゃうみたいでさ。真面目だけど不器用なルァッコルォには、探し出せないだろうって。
借金を早く返済しないと、っていう思いは賭けでの一発逆転。真面目に考えた結果なんだって。失敗ばっかりらしいけど。
ダメ子ちゃん?
でも今日は絶対来るっていう彼女の言葉が頭に残ってて、しかも飛んできた客がいた。これは僕らのことじゃないのかって思ったらしい。なにが来るんだか、僕らには意味が分からなかったんだけどさ。ルァッコルォはそういう感が働くんだって。
女将は見たこともないような豪華な衣装を身に付けてる僕らを、貴族一行って思ったらしいし。
フーちゃんのせいかな? 特に大物感あるよね。軍服だもん。間違いは正しておいたよ。ただの暴れん坊一行ですので。
しかも人気過ぎて売られることになった姿絵、いわゆるブロマイドだね。それを見た僕らが、キャッキャしちゃったせいで提案したみたい。悪い子たちには見えなかったってさ。
「このままじゃあアンタ、借金が増えるだけだろう?」
「か、かような……ことは…………」
うろたえてるよ。またやらかすよ。
≪えっと、お金なら使い道ないからいっぱいあるよ?≫
「一緒、来るするー?」
「人探しするんは難しいじゃろうけどね」
しかも僕らの活動拠点て南大陸だし。
「す、少し考えさせていただきたく」
「人生、岐路、大事。考える。ちゃんとするするー」
「女将さん……」
「ウチにいて欲しいのは山々なんだけどね。それじゃあお前の望みは叶わないだろう。ちゃんと考えなさい」
とりあえず考える時間も必要だろうから、一旦ホテルに帰ることにした。泊ってる所をルァッコルォにも伝えておく。
「リャッ、ルャッ、リャッコリョ、ルーちゃん来る、する、嬉しいあるする」
「なー、ルーちゃん、また会えるの楽しみにしちょくでー」
「うん。ルーちゃん、待つする。バイバイ」
≪いいお返事を期待してる。ルァッコルォ、ばいばい~≫
あっという間にルーちゃんになって混乱してるルァッコルォへ挨拶して、オヤツ用にお団子を買ってホテルに向かった。
いや、スライムがしゃべるっていうか、筆談してるのにびっくりしてんのかもしれない。
フーちゃんとワワンパァが背を向けると、なんかワワンパァのことをジーッと見てるな? 飛んだらビックリしてたけど、それでもジーッと見てる。
なんだろう。同郷だからなにか感じるのかなあ?
その夜、フーちゃんはオヤツのお団子を食べながら、ルァッコルォのことを語ってる。
「フリフリ、動くする耳、カワイイあるする。尻尾フワフワ、触る、したいする」
「分かるー。カワイイけんねえ。でも嫌がる思うよ? 犬とは違うんじゃし」
≪ワワンパァのこと、凄い気にしてたからワワンパァが頼めばワンチャン≫
「ほうなん? なんでじゃろう」
「精霊さん、言うする。服、見るしてた」
「フーちゃんの服はまだこの世界の趣があるけど、ゴスロリ浴衣にはないけんかねえ。ポーちゃんの世界観じゃし」
≪その疑問にお答えできるかも~? 視線は動かさないで、ビックリもしないで≫
なぜか天井裏にルァッコルォが侵入して、コッチの様子を窺ってるんだよね。フーちゃんとワワンパァが、カワイイカワイイ言うもんだからテレちゃってて顔真っ赤。
「なにしに来たんじゃろうか。表から来りゃあ
≪とりあえず捕まえちゃおうよ≫
「私、する。『精霊さん、お願いするべ~』」
「アッ!?」
天井が口を開いて、天井に捕まれたルァッコルォが精霊ちからで降ろされた。相変わらず不思議でイミフなホテルの精霊。
≪ルァッコルォ、いらっしゃい?≫
「ど、どうなってるのでありますか!?」
「悪、臭いないする。死ぬないカワイイ」
「いや、ほんじゃけえ怖いんよ、フーちゃんの言いかたっ」
「ああっ、森の方々!? 大変なご無礼をッ」
寝巻に着替えてて偽装してないからエルフって分かったみたいで、ルァッコルォは流れるようなDO・GE・ZA☆彡を実行した。
冷や汗が流れ星のようだね。
「ルーちゃん、お話、聞くするー」
フーちゃんのお言葉に、かしこまりまして
「それがし、対邪人特務部隊シノビ所属、北の風のルァッコルォと申します。
ニンジャちゃんでした。
≪特務部隊に所属してるのに借金あるのナーンデダ?≫
「そっ、それはそのぉ……えっと……エヘェ」
冷や汗が流星群のようだよ?
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次回≪MISSION:58 陰湿≫に、ヘッドオン!
※ルァッコルォ
犬獣人だし、はじめはコロちゃんにしようと思ってたんですけど、あまりにも安直安直ぅな感じなんでコルォちゃん。からのぉ~物足りない→ルァッを追加した次第であります。なぜ追加するのがルァッなのかはよく分かりません。
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