MISSION:01 コロロの森のフィアフィアスー

 ンンー、やっぱり風呂に入りながら酒を飲んだのが、間違いの元だったんじゃないかと思う。


 まあ、だからといって?


 誰でもアニメで見たことがあるんじゃないかなあ。培養液的な謎の汁に漂う不思議生物入りのカプセル。そんな物の中へ、いつの間にか自分が入っているとは……思いもしなかったんだ。


 ボンヤリと光る地面に照らされる己の身体を見て、それはそれは不思議な気分になりましたよ。


 身体、ないんだな~?


 僕自身も謎の不思議生物になってしまった。しかも僕だけじゃないようで、他人の意識みたいなものを感じる。恨み、悲しみ、怒り。そんな感情が流れて来ている。

 ただ、ハッキリと感じるわけではなかったので、僕の精神は──まだ大丈夫だと思う。


 だけどここからは早めに出ないと、いずれは耐えられなくなるかもしれない。笑えるようなポジティブシンキングで乗り越えるべきだろう。


 だってアンデッド的な、レイス風味あふれる謎汁に漬け込まれてるんだし。っていうか、なんか目が覚めたら変な汁になってる僕。

 相当オカシナ事態におちいってるんだけど、焦りがないのは幸いなのかもダヨ。


 情報を整理して、脱出の手段を考えよう。色んな装置っぽい物が、僕らが入っているカプセルに繋がってるんだよね。コードとかチューブとかでさ。


 ゆえに僕は暴れてみた。自分の存在を主張し、誰かに気付いてもらわなくてはどうにもならないだろうから。僕の目覚めを知ってもらわないと、なにも始まらないと思ったんだ。


 しかしながら……当然、僕もレイス汁の一部なので細波さざなみすら立たなかった。


 上上下下左右左右海老ッ! しても細波すら立たなかった。


 ちなみにコレはスポーツ雪合戦で、某社のコマンド風に避けてみた動画のネタ。「海老ッ!」の部分で一寸の見切りを失敗して、アウトになるまでがテンプレになっている。


「海老ッ!」は叫びながらザリガニっぽくバックダッシュする行為で、「そこは海老じゃねえのかw」とか「違いがわかんねえよwww」とか言われてた。動画をUPした人に言わせると、そのザリガニはカムバレルス・チャパラヌスらしい。


 そしてチャパラヌスを知ったかぶる、ってのも流行っていた。チャイとかチャパティ風に。


 急にチャパラヌスとか言われてもね。

 しょうがないよね。

 ザリガニの種類とか知らないしね。

 分かんないよ。


 まあ、とにかく僕は「海老ッ!」と叫びながら、ザリガニっぽくバックダッシュする部分がとても好きで、再生回数の増加に貢献していたと思う。こんなの落ち込んでても絶対笑うに決まってる。くの字になってシュッと後ろに下がる滑稽な姿は、僕にとって面白すぎる。


 だって手と足がピーンッだよ。

 耐えられるはずがないよ。


 はずがない……はず、なのだけど霊になっているせいなのか爆笑することが──今の僕にはできなかったんだ。「海老ッ!」動画は僕にとって鉄板ネタだったのになあ。


 感情の高ぶり……というか、振り幅というべきか。それが少ないってことに気が付いても、衝撃を受けない。


 だってなんか、感情が平坦なんだもの。



 この精神体みたいな身体では眠ることもできなかった。そしてどのくらい時間が過ぎたのか。気付いてからかなりの時間が経ったような気もするけど、人が来ることもほぼないに等しいし、よく分からない。来たとしても暗くてあんまり見えないし。


 そんな状態のまま、床からの淡い光に照らされ続けながら、ボンヤリと他のレイスから発せられる憎悪の感情を「海老ッ!」の力で全力回避してる。


 さらに僕は疲れ知らずなのか、延々と上上下下左右左右海老ッ! をしていても、体力の低下を感じなかった。

 まあ……身体がないから体力なんてモノはないんだろうけど。


 とはいえ、精神力の消耗くらいありそうなんだけどなあ? それすら感じないのはなんか変だ。でもここから出るためには暴れるくらいしか思い浮かばないので、どうにかなるまでは続けよう。霊体なら容器の外に出ることが可能なんだろうけど、汁になっちゃってるのがネックだよね。


 そう思ったその時──


「No.1526から…………626、反応あ……せん」

「マナを限……で込め……」

「……すが……は暴走…………性が!」

「我……命運………………じゃ。かま…………れ!」


 ──複数の焦るような声が聞こえて来る。慌しく入室する人達が、僕の周りにある謎の装置へと散らばった。明かりが灯って行く中、照明器具がランプなのに気付く。雰囲気作り……なのだろうか?


 服装もそうだけど上位クラスっぽくて本格的だ。本格的というか、本物? 僕自身もそうなんだけど、霊を閉じ込めてる連中なんだし。ていうか、魔術的で秘密結社風な欧米人の所に、なんで日本人の僕が「トロトロに煮込んだ八百万のレイスープ ~アンデッド風味をそえて~」になってんのかな?


 世界には神秘がまだ残っているんだなーとか思いつつも、いっそう激しくなった怒りや憎悪の感情を海老の力で回避する。だってせっかくのコンタクトだしね。意思を伝えるために、暴れたり叫んだり脳に直接語りかけてみる。ピキュゥゥゥン!


 反応はなかった。


 なかったけど、状況は変わっていく。

 金塊とか葉っぱとかネバネバした塊とか。そんな物が僕の入っているカプセルに投入される。


 触媒かあ。


 だとしたら、次に来るのは魔法の呪文だろうと想像するのは、オタクである僕にとっては容易なことだった。


「今こそ目覚めるのじゃ、ジアッロ・ミダース! 世界を、根源を! 全てを喰らいし黄金の王よ!!」


 カプセルの中身が混ざり合い、金塊に吸い込まれていく。

 マッサージされながら眠るような心地好いまどろみの中で、せめてもう少し呪文ぽくして欲しかったなーとか思いながら。


「おぉ……魂の揺らぎ──安定。異常ありません!」


 せっかく二周目の人生が始まりそうだったのに……。


「司祭様、マナ総量も規定値を超えて保持しています。成功です!!」


 消化されてしまう。なんかあとを託されている感が、他のレイスから届くんだけど消化されてる最中だよ。1番元気なのが僕? だからガンバレとか感じる。怨嗟にまみれて生まれそうなレイスに応援されてしまう。だけど……気持ち良すぎて昇天しそう。ああ……僕はもう…………。


「人造カテゴリーオーバー……司祭様、我々は……我々が!!」

「でかした!」


 そんな時、ボカーンと爆音を上げて吹き飛ぶドア。

 ビックリして目が覚めた。

 そして乱入して来た人物に向かって、司祭と呼ばれた老人が怒号と悲鳴を混ぜたような誰何すいかの声を響かせる。


「何奴じゃ!」

「コロロの森のフィアフィアスー」


 それに応える声は、子供と確信させるに相応しい随分と可愛らしい声色で、崩れる瓦礫の音に紛れながらも、不思議としっかり僕の耳に届いた。

 煙が晴れていく中、徐々にその姿があらわになっていき──そこにはチョコンとたたずむ幼女。


 幼女だ!?


 ビックリしまくりで、はっきり目が覚めた。爆風のせいか、彼女の淡い透明感のある金髪が取っ散らかってる。ン? 耳が!


「おのれ、嗅ぎつけおったか……森の戦士め」


 中ボスっぽい司祭が忌々しそうに呟く。

 幼女戦士なんだね!?!?!?

 あまりにも場違いな容姿に、僕はつい手を振る。スーちゃん? と目が合えば、彼女はアクアマリンのような透き通った瞳を大きく開いて、とても驚いた表情を見せてくれる。カワイイ。僕もビックリ。


 ビックリし過ぎて、バッチリ覚醒した。

 そして気付いたんだ。僕の身体があることに。

 そして思ったんだ。僕の人生が三週目に入ったんだと。

 そして解ったんだ。ここが地球ではないことに。


 だってエルフ幼女いるんだよ?

 しかも僕の身体が丸いんだー。


 だけど、この困った状態から脱却できるかもしれない現状に──ちょっとドキドキしていた。悪の秘密結社の戦闘員をやっつけられるのではないか、と。

 カワイイは正義と言われてるしね。スーちゃんに対する団体さんは、悪と断定しちゃおっかな。彼女と協力して悪者を倒そう。


「悪、くさい、あるする。濃い」


 異世界で、スーパーニチアサタイムの始まりだ!

--------------------------------------------------------------------------

次回≪MISSION:02 ポヨヨの森のポヨポヨポー≫に、ヘッドオン!

 スーパーニチアサタイム。それは幼女が無双する時間。まぁるくなってしまった彼の運命や如何に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る