君は何色?
とんとんとん。すたたたたっ。
店長の包丁が奏でる音色と早苗さんの忙しなくホールを駆け回る音が耳に優しい。
一皿、二皿とお盆に重ねていく。
今日は何を食べてるんだろう。カップ麺じゃないかしら?早起きして作っておけば良かったかな。
・・・はっ。
作業する手を止めた。
最近はこんなことばかりだ。ふとした時に彼のことを考えてしまう。
悔恨の押し付け。
それはこの前導き出された私が”あの場所”にいる理由。
だったらなぜ彼の話を聞こうとしない?なぜ自分の過去を話して行動に移させない?
・・・それをしてしまったらあの場所にいる理由がなくなってしまうから。
いいや、と首を横に振る。
別のことを考えよう。
今朝読んだ本の話、最近習得した料理、生徒会の業務について、りんは今何してるかな。いいや、今はアルバイト中なんだ。仕事のことを考えなくちゃ・・・
ダメだ。どのシーンにも彼がいる。
最近の自分はどこかおかしい。何かが変わってしまった気がする。
少し前は”あの人”に恥じぬよう真っ当な道を進むことしか考えていなかった。
勉強を頑張って生徒会長として人前に立って、本を読んで教養を身につけてスポーツを通じて人との絆を深めて。
日和のようなお互いを高め合い、信頼できる友人と毎日楽しく過ごして・・・
でも最近の私はどうだ?生ぬるくなっていないか?何か手を抜いていないか?余計なことに思考を使っていないか?
私のキャパはどんどん別の感情に埋めつくされていっている気がする。
いいや、と再び首を横に振った。
ぎゃははははとオープンキッチンから笑い声が聞こえてくる。
「美咲綺麗になったんじゃないか?。彼氏でもできたか?」
「えー?綺麗になった?そう思いますー?」
「お父さん?お客さんなんだから残酷な質問しちゃだめでしょー?」
「ちょっとー!?早苗ちゃんが1番残酷だからねー!」
似合わないスーツに身を包んだ上野先生のツッコミに、店内が笑いに包まれた。
愉快な雰囲気のおかげで余計な葛藤がどこかへと消えた。
「麗華ちゃん!それ終わったら私の隣来てよ」
座敷席のバッシングをしている私の方に向かって、上野先生が手招きする。
「いえ、ここ終わったら次はテーブル席の片づけしないといけませんので」
「常連様とのコミュニケーションも大事だぞー?」
おちょくるように上野さんは言う。
「あとは私がやっておくわ」
「しかし・・・」
「最近連勤で疲れてるでしょ?お客さんも少なくなってきたしあがっていいわ。美咲の隣で食事していきなさい」
「そういうことー」
早苗さんは私の手から優しくお盆を取った。
上野先生を見るとグーサインをこちらに決め込んでいる。
「ではお言葉に甘えて」
手を洗いカウンター席に向かう。上野先生の左隣に座った。
席に着くとすぐに店長が賄いを出してくれた。湯気のたった肉じゃがが置かれる。
私が退勤するのを見越して作っててくれたんだ。普段はおちゃらけているけどよく周りを見ている人だと思う。本当にここは温かいな。
「麗華ちゃん最近柔らかくなったね」
「え?」
「あっ、裸体の話をしてるんじゃないよー?」
「いえ、それは最初から分かっていますけど・・・」
「なんか肩の力が少し抜けたっていうか表情が増えたっていうか」
「そうでしょうか?」
「先生にはわかっちゃうよー?」
上野先生はロックグラスをくるくるとまわし、蠱惑的な笑みを浮かべて見透かしたように語る。
「一つ二つって山を登って山頂についたと思ったらまた新しい山が見えてくるの。それをまた一から登って、見たこともない植物とか動物に触れてどんどん新しい色が増えていく」
上野先生は何一つ具体的に話してはくれない。
彼女はグラスに口をつけ、山頂から見下ろす景色に興奮する幼子のような顔をした。
「きっと麗華ちゃんは最近で何個も山を登ったんだよね。そこで色んな想いに触れて色づいていった」
だから、と次は切なげに目じりを下げ、
「より濃く残る色を大事にしてね」
同性でもゾクッとしてしまうほど艶やかで私の知らない上野先生。
直後、なーんてね、と冗談めかして彼女は笑う。
私のパレットには何色の色があるの?
愚問だ。白一色に決まっている。
真っ黒な画用紙にひたすら白の絵具を塗りたくっている。
ただただそれだけ。
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