34話 文化祭は俺の肩書を作る
「今日集まってもらったのは他でもありません。約2か月後に迫った文化祭についてです」
コの字型のテーブルの中心に座る宝生さんが切り出した。
「少し早い招集になってしまったと思うけど、例年深刻な人手不足があるから早めに取り掛かりたいと思ってね」
宝生さんはピンと伸びた背筋を一切丸めることなく続ける。
「今日は私なりに考えた各部門の責任者を共有できればと思います」
そう言って宝生さんは各部門をホワイトボードに書きだした。
皆一言も話すことなく、ただただ宝生さんの端正な字を眺めている。
今日の生徒会はやけに静かだ。俺は起爆剤へと目を向ける。
「あーあー」
上野先生は大欠伸をかいている。
目には大きなクマがあり、隅で静かにたたずんでいる。理由は容易に想像できる。
飲み歩くのはほどほどにしましょうね・・・
宝生さんが書き終えた。
ホワイトボードには広報部門、装飾部門、衛生部門、設営部門、機材管理部門、会計部門と書かれている。
「言い方が良くないかもしれないけど、文化祭実行委員は帰宅部の寄せ集めみたいなところがあるから、今年も私たちが上に立って行います」
ひどい言い草だ。大丈夫ですか?最近素が出すぎじゃないですかね?
宝生さんの話からあるように、文化祭は生徒会が運営するものではない。
一時的に文化祭実行委員会というものが設立される。
委員会は各クラスから2、3名ほど選出され、それを合わせた約40名で構成される。
もちろん生徒会役員が中心になって統括するが、形式上、生徒会は文化祭実行委員会の傘下へと入る。
「早速各部門の責任者を決めていきたいと思う。全体統括は私がやるとして・・・」
宝生さんは隣に座る水原さんへ顔を向けた。
「日和は私の補佐と広報部門を。有志団体への交渉もよろしくね」
「おまかせあれー!」
次に、水原さんの反対側に座る藤堂さんに視線を向けた。
「和也は会計部門と機材管理部門をよろしく」
「それだけでいいのか?もっと俺に負担かけてもいいんだぜ?」
「ありがとう。でも今のところは大丈夫よ。もし何かあったらその時は頼らせてもらうわ」
「了解だ!」
宝生さんは視線を左にずらし、藤堂さんの隣に座る中野さんへと声をかけた。
「中野さんは装飾部門をお願い」
「承知しました」
そして最後は中野さんの正面に座る俺を見た。
「それで衛生部門は知り合いの子にお願いしてるから神田君は・・・」
ドキドキドキドキドキドキ・・・
心臓の鼓動がうるさい。
宝生さんは小さく口角を上げ淡々と話す。
「備品管理に会場設営に警備、それからPV編集と来場者数の計測、来場者のクレーム処理に受付対応、それから有志団体の統括と・・・」
俺の体は何個あると思ってるんだ・・・?
この職場は新米に厳しいみたいです。
いつぞや聞いた上野先生の言葉を思い出す。『頼りにしてるんだ』、『業務を通した成長』という上司が使うずるい言葉を。
「・・・・・・」
上野先生に視線を送り助けを求める。
これが社会だ、と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
助けてください!!!
某大ヒット映画の主人公のように悲痛な叫びが脳内で反響する。
「ぷっ、あはははははははは」
隣に座る水原さんが吹き出した。
そして俺の肩に手を乗せ、
「あんまりいじめちゃダメだよ麗華!神田君は結構ピュアなんだから。ね?」
キョトンとする俺に水原さんは意味ありげな視線を送る。
ふと下着のジャングルを思い出して背徳感に襲われた。
そんな俺に救いの手を差し伸べるよう宝生さんは口を開く。
「冗談よ。神田君には設営部門と軽い事務作業をお願いするわ」
安堵感で崩れ落ちそうになる体を必死で支えた。
「みんなの適性を考慮して私の独断で決めてしまったんだけどどうかしら?」
「異議なしです!」
水原さんは宝生さんにグーサインを決め込む。
「麗華が決めたことなら何も言わないよ」
藤堂さんは静かに頷き、
「私もです」と中野さんは小さく呟く。
俺が無反応でいると宝生さんは切れ長の目を向ける。怖いので肯定的に頷いておく。
ありがとう、と言い宝生さんは立ち上がった。
「来週は生徒会としてではなく、文化祭実行委員会として全体の会議を開くわ。
会議と言っても軽い顔合わせくらいだけど。
そういうことなので忙しくなると思いますが、よろしくお願いします」
宝生さんはぺこりと俺たちに頭を下げた。パチパチと拍手が鳴り響く。
こうして設営部長兼事務員という肩書を持つ神田蓮人が生まれたのであった。
生徒会会議を終え、俺は荷物を取りに教室へと戻っていた。
たんたんたんっと後ろから早足の音が聞こえる。
「なぁ、神田」
ボールを投げつけるような乱暴な声が廊下に響く。
それは俺のよく知っている声だった。
「お疲れ様です、どうかされました?」
「お前麗華とどういう関係なの?」
藤堂和也は目じりを険しく釣り上げている。
「どういう関係というと・・・?」
「とぼけんなよ。お前らのやり取り見てれば何となく分かるんだよ。ただの先輩後輩って仲じゃないんだろ?」
ギラギラと獣のような目で藤堂さんは続ける。
「日和ならまだしも麗華がどこの誰か知らないような転校生を連れてくるなんておかしいと思ってたんだ」
彼は宝生さんが、俺を生徒会に入会させたことを指しているのだろう。
「ただの偶然ですよ。たまたま昇降口で宝生さんの落とし物を拾って、繋がりができました。それから生徒会の人員の話になって・・・」
俺は適当にごまかす。
しかし、藤堂さんは少しも視線をそらしてはくれない。
そして切なげに目じりを下げて、
「お前は麗華のなんだ?」
「・・・・・・」
真っ直ぐ見据える真剣でどこか哀し気な眼差しに「偶然出会ったただの後輩です」なんて嘘はつけなかった。
必死で言葉を探す。
先輩後輩?友人?地元のよしみ?いいや、そんな簡単な言葉じゃ表せない。
俺や宝生さんは全身を嘘で塗り固めて、水原さんを、早坂さんや矢口君を、目の前の藤堂さんまで欺いている。秘密の共有者?
それとも・・・
”共犯者”
だがそれはひどく大袈裟な表現だ。
誰だって知られたくないことの1つや2つを持っているだろう。
水原さんだって、早坂さんや矢口君だってみんな持っている。俺と宝生さんだけが特別なわけじゃない。
なんなら藤堂さんだって。あの人の前では自分の好意を隠しているじゃないか。
隠し事なんてどこにでもあるもので日常にありふれたものだ。
じゃあ俺と宝生さんの関係は・・・?
たんったんったんと、先ほどとは対照的にゆっくりと進んでゆく内履きの音。
見切ったように藤堂さんは踵を返し、去っていった。
その場に立ち尽くし再三問う。
1分、3分、5分が経過した。
いくら捻りだそうとしても答えは出てきてはくれない。
目を細める。視界が真っ赤に染まった。
校舎窓からは大火事のような夕焼けが見える。
また1分、2分とただただそれを眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます