29話 初めてみる美しい雫
『パイセンなんかほしいもんありますー?』
『何だ突然?私を買収しようってか?』
『そんなんじゃないっすよー。もうすぐで誕生日じゃないすかパイセン!』
『そういうことか。いいよ、誕生日は好きじゃねーんだ』
『まぁまぁ、そう遠慮せずにー』
『ってかなんで知ってんだよ・・・』
『えーっと、それは昨日パイセンの学生証をっすねー』
『りん?』
『あっ、親父の仕事の手伝いしないとー』
『そんなんしたことねーだろ!待てこらー!』
『命だけはー!ぱいせーん!』
当時のことを思い出したら自然と笑みがこぼれた。
いくら消しゴムでこすっても、あの時の愚かな文字は消えてはくれない。
手にこびりついた血を、必死で洗い流す犯罪者のような人生を送っている。
きえろ、キエロ、消えろ。
そう魔法をかけるように。
でも唯一消したくないものがあった。
「りん・・・」
彼女のことはずっと頭の片隅にあった。
今の私は当時の非行や悪友を全否定しているが、りんのことを否定したことは1度もない。
あの子は口は悪いが、素直で優しい子だ。
本当はもっと一緒にいたかった。あの時だって・・・
でもりんのことだ。私が自分の行いに負い目を感じて、新天地でやり直すと言ったら何の迷いもなく着いてきただろう。
でもそれは彼女の人生を鳥篭で覆ってしまうことになる。
とはいえ何も言わずにいなくなる私は最低だ。
あの頃は自分のことしか考える余裕がなかったんだ。
情けない言い訳ね。
きっとたくさん嫌な思いをさせてしまった。傷つけてしまった。
だからずっと謝りたかったんだ。
『なぁ、穂乃果、ちょっといいか?』
『え?』
『同じシャンプー使ってるんすね、パイセン』
『は・・・』
『いつかまた会えるの楽しみにしてるっす』
久しぶりに会ったけど何一つ変わっていない。
こっそり冷蔵庫からアイスを取り出すいたずらっ子のような目つき。
あの変装じゃさすがにバレるよね。匂いもそうだし今思えば靴も一緒だった。
私としたことが抜け目だらけだ。
りんにもらった紙袋を開けてみる。
柔らかな布の感触。洋服かしら?
丁寧に両手を使い中身を取り出す。すると真っ黒なTシャツが出てきた。
フロントには白と赤の謎めいたフォントがまばらに書かれている。
決しておしゃれとは言えない。もはや・・・
これより先の言葉を並べたらりんが拗ねてしまいそうなのでやめておく。
きっと彼女のことだ。何日もかけて選んでくれたのだろう。
試着しようとソファーから立ち上がり、不格好なTシャツを広げてみる。
すると中から、ひらひらと散りゆく紅葉のように1枚の写真が床に落ちた。
Tシャツを左手に持ち、右手で写真を拾う。
いったい何が写っているのだろう。
再びソファーに座った。膝枕をしてあげるようにTシャツを太ももに置く。
写真を顔の前に近づけた。
そこには、何でもない廃れた公園に2人の少女が並んでいる。
片方は腕を組みながら不器用な笑みを浮かべ、もう片方はダブルピースでにこっと白い歯を見せている。
変わりゆく私を知る術もなく、何年も待っていてくれたんだ。
今の宝生麗華を受け入れ、これからも私の席を空けていてくれるんだ。
「ッッッッッッッッ」
頬に雨が一粒落ちた。二粒、三粒、四粒・・・
ぽつぽつ、ぽつぽつと静かに。やがて雨脚が強まる。
4年ぶりの記録的大豪雨かもしれない。
・・・でも私は確信した。
この雨があがったら、目を細めてしまうほどの快晴が広がり、七色のアーチが見えるということを。
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