27話 いつだって宝生麗華は宝石のように輝く

 宝生さんが店を出て30分が経過した。


 未だ帰ってくる気配はない。


 宝生さんは本人を連れてくると言った。分身の術でも使うつもりだろうか。

本当に何を考えているのか分からない人だ。


「うちに会いたくねーのかなー」


 斜め前に座る早坂さんは不安そうな顔をしていた。


 テーブルの上に置かれた手は微かに震えており、唇を噛んでいる。


 こういう時どんな言葉をかけるのが正解なのだろうか。


 「大丈夫だよ」と言うのは無責任だし、「期待するな」と言うのも違う。


 じゃあ気を紛らわす話でもしよう。なんかこう、ワクワクするような、クスっと笑ってしまうような。


 ・・・これだ!


 「よし!タイの政治の話でもしよう!」と切り出すのはどうだろうか。ツッコミポイント豊富で場の空気が少し和みそうだ。


 ・・・却下。


 そんなことふざけて切り出したら拳が飛んできそうなのでやめておきます。


「そういえば突然姿を消したって言ってたけど、理由は分かるの?」


 変に気を遣うのをやめ普通に質問をした。前々から気になっていたことだ。


 あの人はあまり自分の話をしない。きっと踏み込まれたくないのだろう。だから俺は彼女の想いを尊重し追及してこなかった。


 だが、さして他人に興味のない俺だが、彼女の時折発する意味深な発言から生い立ちがどうしても気になってしまう。


「それがわかったら苦労しねーよ。いつも集まってる公園に急にこなくなったんだ。ずっと待ってたのに」


 松島さんは刺々しい口調で答えるも徐々に声が小さくなっていく。


「私パイセンとは学校が違うからよ、何かあったのかって思ってパイセンと同じ中学のやつに聞いて回ったんだ。そしたら知らないうちに転校してたんだよ」

「そうだったんだ・・・」


 一言も挨拶なしに、ずっと親しくしていた後輩の前から立ち去るというのは相当なことがあったのではないだろうか。


「なぁ、蓮人。親とは仲良いか?」

「え・・・?何いきなり?」


 突拍子もない質問に俺は戸惑う。


「いいから答えろ」

「べ、別に普通だけど。松島さんは?」


 自分の話はしたくない。曖昧に返答し、すぐに聞き返した。


「私も普通だよ。どっちかというといい方かもしれねー」

「じゃあどうしてそんな質問を?」

「パイセンなんだけどよ、家庭内でトラブルがあったって噂はある」

「家庭内のトラブル・・・?」


「あぁ。それが何かはわかんねーけど・・・・・・」


 彼女の声が止まった。目を大きく見開き、俺の後方へと視線を向けている。


 興奮や喜び、困惑に不安、そして憧憬・・・


 彼女の顔には様々な感情が交錯していた。


 10色の水彩で殴り描きされた歪な画のようだ。


 店内が騒然とする。


 松島さんの視線を追うとそこには異彩を放つ1人の女性が立っていた。


 黒のダブルライダースジャケットを羽織り、インディゴブルーのスキニーパンツが長足を強調している。


 店内客は皆一様に彼女に注目し、何でもない店内のフローリングはスターが歩くレッドカーペットのように見えた。


 スターは少しずつ俺たちの元へと近づく。


 目を細めてしまうほどの眩しいブロンドヘアーが腰付近まで伸び、切れ長の眉と力強く描かれたアイシャドウが近寄りがたさを感じさせる。


 目はサファイアのように宝石のような輝きを放っていた。


 宝生麗華がいる。


 俺の知らない彼女が。


 松島さんが追い求めていた本物の彼女が。


「久しぶりだな、りん」

「パイセン・・・」

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