24話 バイト先は安易に見つけることができる

 週末の昼過ぎは微睡みたくなる。が、ソファーは彼女が占領している。わざわざ寝室に行って昼寝をするのは少し違うだよな。


 宝生麗華が家に来てもうすぐで2週間が経つ。


 以前までのような厳重な監視体制は取られていないような気がする。


 耳にタコができるほど言われていた「過去を口外しない」という常套句を最近は聞かない。俺のことを少しは信頼するようになったらしい。


 彼女と住み始めてから徹底して彼女の弱みを探ったが、中々見つからなかった。だからこちらが弱みを握るのではなく、着々と信頼関係を積み上げていく。そうすれば時間はかかるだろうが解放されるはずだ。


 でも慣れれば案外この生活も悪くはないものだ。受け入れ始めている自分が少し怖くなる。受け入れる理由はメリットが多いからだ。


 俺の家に住んでいる分食費は彼女が負担してくれているし、料理も毎日してくれている。


 俺がやるのは単純作業の掃除や皿洗いだけだ。特に不満はない。


 だがいくつか気になることがある。


「そういえば前住んでいた家はどうしたんですか?」


 ソファーに座る宝生さんの背中に質問を投げかけた。


「まだあるわよ」


 くるっと振り返り彼女は続ける。


「大伯母の家に住んでいたの」


 なるほど。俺と似たような感じか。


「生活費とかどうしてるんですか?」

「少し前までバイトをして賄っていたわ。最近は忙しかったからシフトに入らず貯金を切り崩しているけど」

「俺もちょっとはバイトしないとな・・・」


 経済的な悩みを少し感じていた。


 ここは親戚のマンションだから家賃はかからない。夕飯の食費は宝生さんが賄ってくれているが、この生活はいずれ終わるものだ。


 それに昼食や生活用品にも出費はつきもの。地元でちょくちょく貯めた金は半年もすればなくなってしまうだろう。


「良かったらうちに来る?」

「え?」

「最寄りではないけれど。長年勤めてた人が退職したから、今スタッフを募集しているのよ」

「宝生さんのバイト先・・・」


 以下俺の想像。

 店長:「おい神田!料理遅れてんぞー?とっとと出せ!」

 従業員A:「てんちょーう。こいつやっちゃっていいですかー?」

 従業員B:「そんじゃあ俺も参戦するわー」

 俺:「命だけは・・・命だけは・・・」


 かなりアングラな匂いがするのは気のせいでしょうか。


「漫画のワンシーンを想像しているみたいだけどただの小料理屋よ?」


 恐怖心が顔に出てしまっていたのか、宝生さんが呆れたようにツッコミを入れる。


「あの、食材に人間が使われてるなんてことはないですよね?」

「カニバリズムは採用してないわ。ソニー・ビーンはいないから安心して」

「リピーター作るため、麻薬成分を混ぜて料理を提供しているのでは?」

「ケシの粉は入っていないから大丈夫。隠し味は店長の真心だけよ?」


 とまぁ冗談は置いておいて、この人が働いているところだ。たぶん問題ないだろう。


 これからバイトを探すとなれば受かるか分からない面接に臨まなければならない。


 それ以前に探す手間がかかってしまう。


 紹介となると、辞めにくいというのがデメリットだが、俺は一番手っ取り早い選択肢を選びたい。


「ちょっと興味あります」

「じゃあ今から行きましょう」

「え?さっそく労働ですか?」


 やっぱりその店ヤバいところなんじゃ・・・


「違うわよ。その店に食事をしに行くってこと。まだ何も食べていないしちょうどいいでしょ?」

「なるほど」


 そういうことなら行くしかない。


 客として来店することで、どんな職場もあらかた理解することができる。


 ササっと身支度を済ませ俺たちは家を出た。



         




 古風で趣のある小さなお店がずらりと並んでいる。


 堂々とそびえ立つ真っ赤な門の周辺には、外国人観光客や修学旅行生が群がり、パシャパシャと写真を撮っている。


 人力車から見える景色はとても良さそうだ。


 高層ビルに囲まれて水槽に入れられた魚のようになっていた俺にとって、城下町のような風情を感じるこの街並みは癒しとなる。


 ベージュのカジュアルワンピースに身を包んだ宝生さんの隣を歩き、俺は浅草駅に来ている。


 浅草は最寄りである西日暮里の南東に位置しており、家からは3kmくらいの距離感だ。


 電車移動の場合、20分くらいで到着する。バスも通っており、交通の便はそこそこいい。もしここでバイトするとなったら通いやすいだろう。


「ここよ」


 駅から歩くこと5分。大通りから1本外れた路地を歩いて目的地へ到着した。


 外観は古民家を改装したような風情のある見た目。


 入り口には『小料理たから』と書かれた暖簾がある。


 宝生さんは暖簾をくぐり、ライトブラウンを基調とした木製の引き戸を開いた。


 俺もあとに続く。


「あら、麗華ちゃん!」

「こんにちは。今日はお客さんとしてきました」

「そうなの。ちょうどよかった。今日は結構暇でね。さぁ、座って座って」


 気前の良さそうな30代くらいの女性が出てきた。


 宝生さんの後ろで軽く会釈をすると、その女性は何やら楽しそうににこっと会釈を返した。


 俺たちは奥にある4人掛けのテーブル席へと座った。


 店内は外観から想像できないほど奥行きがあり広々としていた。


 テーブル席が4つ、座敷席が2つ、あとはカウンターチェアがオープンキッチンの前に8つほど並べられている。


 入るときは気がつかなかったが、入り口横に立ち飲みブースが2つ設置されていた。


 オープンキッチンで黙々と仕込みをする50代くらいの強面の店主が口を開く。


「ダメじゃないか麗華。デートするんだったらもっと場所を選ばないと」

「そんな関係ではありません。彼とは生徒会が一緒というだけです」

「またまたー。この空間だけは素直になっていいんだぞー?」


 軽快な口調でにかっと白い歯を見せた。少年のような幼い笑みだ。


 怖いのは見た目だけなのかもしれない。強面店主は宝生さんから俺へと視線を移し、続ける。


「彼氏さんよー。麗華は少し堅いところがあるけどいい奴だから大事にしてやってくれよー?」

「あぁ、いや、僕は・・・」


 俺が返答に困っていると、先ほど案内してくれた30代くらいの女性が助太刀を入れてくれた。


「お父さん、2人共困ってるでしょー?麗華ちゃんはここのスタッフなんだしパワハラで訴えられても文句言えないよー?」

「これがパワハラってか?ただのコミュニケーションだろー?」

「昔はそうだったかもしれないけど、時代は変わっていくものよ?」

「窮屈な時代になったなー」


 店主は肩を落として再び仕込みに集中する。どうやらこの2人は親子関係らしい。


「ごめんなさいね、あの人いつもあんな感じだから」

「いえ、とんでもないです。楽しそうなお店だなって思いました」

「そう思ってくれたら幸いだわ」


 ふふふっと女性は笑う。


「早苗さん、まだ求人の募集はしていますか?」

「まだまだ募集中よ。何?もしかして彼は麗華ちゃんの身代わり?」

「違います。私は辞めるつもりありません。最近は色々と忙しかっただけなので」

「またまたー?徐々にシフト減らしてフェイドアウトしようとしてたんじゃないのー?」

「ですから違います。来週のシフト表も持ってきたんですから」


 2人はじゃれ合うようにやり取りする。


 不思議とこの店に来てから宝生さんの顔から温かさを感じる。


 ”あの日”とは少し違う優しい微笑みだ。


「実は彼、バイトを探していてここに興味があるみたいなんです」


 それを聞いた店主が仕込みを中断し、前かがみになってオープンキッチンから顔を出す。


「おぉ!カップルでこの店乗っ取ろうってか!」

「お父さんは黙って!」

「はい・・・」


 シュンとして再び仕込みを始める。


「麗華ちゃんのお友達なら大大大歓迎よ!お名前は?」

「神田蓮人です」

「蓮人君ね。私は早苗。好きに呼んで」


 下の名だけ名乗られるのは少し困る。いきなり名前呼びするのは抵抗があるのだ。

だが苗字を知らない以上致し方ない。


「お父さん、2人にお刺身増量してあげて」

「あいよー!」


 早苗さんはスキップをしながら厨房の方へ去っていった。


「歓迎されているようで良かったわ。そういうことだから考えておいてね」

「了解です」



 しばらくして軽く2人前を超える刺身定食が出てきた。

 サービスしすぎでは?これは採用決定ということでしょうか?


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