23話 1本の着信はキャベツを不格好にする
トントントンとリズミカルに力強く包丁を叩く。
単純作業はあまり好きじゃないけど、キャベツの千切りをしているこの時間は好きだ。
悔いても悔いても悔やみきれないあの頃を少しずつ切り落としているように錯覚するから。
私、宝生麗華は監視のために神田蓮人の家に住んでいる。
私が知る限り、私の過去を知るのは彼しかいないから。
彼を生徒会に入れたのも何もかも全ては監視のため。
全ては・・・過去の汚点を漏らさないため。
1週間以上彼と過ごし大体分かった。
この人は他人にあまり関心がない。人と繋がるのをどこか恐れており、目立つのを嫌う。根っこには強い正義感を持っており、理性が人一倍強い。
要するに彼は信頼に値する人間だ。私の脅威にはなりえない。
そもそも彼は面倒事を嫌う節がある。不要なリスクを背負ってまで私を陥れようなんて考えないだろう。口が堅いのもよく分かった。
じゃあそろそろ解放してあげなければいけない。
あまりにも自分勝手で横暴なことをしているというのは重々理解している。
ここは彼の家だ。私は彼の憩いの場に現れた邪魔者。侵略者。
自覚があるのならすぐに行動に移さないといけないわよね。
・・・でも離れたくない。
・・・離れられない。
・・・離れるわけにはいかない。
この感情は何と表現するのが正しいのだろう。
恋をしている?
いいや、ありえない。
友情のため?
彼は友達じゃないでしょ。
頼られるのが嬉しかった?
彼に頼られたことはない。全て私の押し付け。
押し付け・・・?
ブーブーブー。
聞き馴染みのある携帯のバイブ音が鳴る。
ソファーに座る彼は、電話の送り主を確認してから電源を切った。
今日もか・・・
でも画面を確認して考える時間が少しだけ増えた気がする。
彼なりに一歩踏み出そうとしているのかもしれない。
「ん?」
私の視線を感じ取ったのか、彼はこちらに目を向ける。
電話の件について何か言われるのではないかと警戒したような顔つきだ。
「もうすぐ夕飯が出来上がるわ」
「あ、はい」
電話の件について触れなかったからか、彼は意外そうな顔をこちらに向けた。
次第に表情が緩み、ホッとした様子を見せる。普段ポーカーフェイスばかりだが、こういう時は顔に出やすいタイプらしい。
少しひねくれてて人付き合いが不得意そうだけど実は素直な人なんだ。
そういう不器用なところは”あの人”に似ていて嫌いじゃない。
彼の後ろ姿を見て思う。
私は悔恨を押し付けようとしているのではないだろうか。
代わりに払拭してもらおうとしているのではないだろうか。
それがここに居座る理由だとしたら、私はとんでもないエゴイストだ。自分の勘違い具合に心底呆れる。
「何かありました?」
「ううん、今日はあまり上手くいかなくてね」
ごめんなさいと心の中で謝罪した。ふと視線を下に落とす。
皿に盛り付けられた千切りキャベツは、いつもより不格好だった。
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