22話 ジャングルから見える夕日

 カフェを出た後、俺と水原さんの2人は近くにある大型商業施設に来た。


 特に買い物の用事はないが、水原さんは6階にある本屋と薬局に用事があるらしい。


 奢ってもらった手前、そそくさと帰るのは忍びないため彼女の買い物に付き合っている。


 本屋で文庫本を購入した後、俺たちは少しこじゃれた薬局に来た。


 水原さんは入ってすぐにシャンプーとコンディショナーのセットを手に取りレジに向かう。


 どこに商品があるか把握しているような素早い動きだ。おそらくこの店に慣れているのだろう。


 レジで購入したものをスクールバッグに詰め、店前で待っている俺の元へ駆け足で来る。


「ごめんお待たせ!」

「全然待ってないですよ。むしろ早すぎて驚いてます」

「事前に買う物リスト決めてたからねー。それに女の子は買い物が長いってのは偏見だよ?」


 小悪魔めいた笑みを浮かべて彼女は続ける。


「神田君の彼女は買い物が長いのかな?」

「俺にそんな相手いないですよ」

「じゃあ元カノ?」

「それもいないです。まだ純粋な少年です」

「ふーん」


 水原さんは試すような視線を送ってくる。


 なんか居心地悪い。急に帰りたくなってきたぞ。


「もう一つ寄りたいところがあるんだけどいいかな?」


 含みのある笑みが少し気になったがとりあえず彼女の後に着いていく。



         



 

 エスカレーターで3階まで下った。少し居心地の悪さを感じる。


 辺りを見渡すとあちこちに女性用衣服が置いてあった。


 おそらくここはレディース用品の専門フロアなのだろう。服でも買うのだろうか。水原さんはどういう服を着るんだろう。


 今のところ制服姿とテニスウェアしか見たことがない。


 ガーリーな感じのイメージだが、黒でまとめた大人っぽいコーデも様になりそうだ。スポーティーな服装もよく似合いそう。


 着せ替え人形のように脳内でコーデしていると、右隣を歩く水原さんがウキウキした様子で話しかけてくる。


「神田君も一緒に選んでくれると嬉しいな」

「いいですけど服とかあまり詳しくないですよ?」

「大丈夫大丈夫!こういうのは直感が大事だから」


 またまた彼女は含みのある笑みを浮かべて俺の前を歩いた。


 本当に何を考えているんだこの人は。


「着いたよ。この店」


 彼女は振り返り、左手で店を示す。


 ワインレッドにターコイズブルー、エメラルドグリーンにスノーホワイト、アイボリーブラックの次はローズピンク。おぉ!マリーゴールドまで!


 ふーん。何だ。ただの下着専門店か。


 それにしてもこうしてまじまじ見ると色々な種類があるものだ。


 柄や色、形まで本当にバリエーションが豊富である。


 毎日身に着けるただの布きれという考えを改めなければいけないな。胸に刻んでほしい。下着って200種類あんねん。


 ん?下着・・・?


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 そこそこ大きな声量で驚いてしまった。四方八方から飛んでくる女性の視線が俺を突き刺す。


 痛い、冷たい。無事三途の川が見えました。


 近くを通りかかった警備員は怪訝な目をこちらに向ける。冤罪だ。俺を連行する前にこの小悪魔、というか魔女を何とかしてくれ。


 当の本人はくくくっと必死に笑いを堪えている。


「ねぇねぇ、入ってみようよ」


そう言って水原さんは俺の手を引く。


「お断りします。ここは俺が入るべき場所じゃない」

「いいの?ここで不用意に暴れたら店員さんと警備員さんに摘まみだされるよ?もっと大ごとになるかも」


 ふふっと小悪魔のような挑発的な笑みを浮かべる。

 

 上京してから弱み握られてばかりだな・・・


「君は彼女の買い物に付き合っている。ここは彼氏になったつもりで毅然とした態度でスマートに」

「は、はぁ・・・」


 さっき奇声あげた時点でスマートもくそもないんだよな・・・


 店内に入ると一面に下着のジャングルが広がっていた。


 紅色は残酷な弱肉強食の世界を強調し、深緑は無限に広がる草木を表している。木々の隙間から見える澄んだ空色と底の見えない群青色の川。ヒョウ柄やゼブラ柄なんかは今にも走り出してきそうだ。


「これ一着あってもいいかなー」


 水原さんを横目で見ると黒のスポーツブラを手に取っている。テニス用だろうか。


 白の次は黒かー。


 っていかんいかん。邪な思考は排除だ。考えるな、感じろ。


 いや、感じるのはもっとダメだろ・・・


 本当にこのジャングルは目のやり場に困る。


 俺に与えられた選択肢は2つ。フローリングを眺めるか天井を眺めるか。


 んー、明日は首が痛くなりそうだ。


「その反応を見るに本当にいなかったみたいだね」

「なんですか?この斬新な答え合わせは」


 俺は天井を見ながら返答する。


「ごめんごめん。神田君見てるとからかいたくなって。でもただの布切れなんだから問題ないでしょ?それに神田君はもう見てるじゃん」


 おそらくこの人は俺たちが初めて会ったときのことを言っている。


「あの時見られたのが神田君で良かったよー」

「あの、誤解を生むような発言はやめてもらえますか?」

「だってあの日出会ってなかったら、テニスでペア組むことも、こうして一緒に買い物することもなかったでしょ?」

「まぁ、そうかもしれませんけど・・・」


 それを下着売り場で言われて変な方向に捉えてしまうのは俺だけですかね?


「ねぇねぇ、ずっと上の方を見てたらそれはそれで怪しいよ?」


 言われてみれば確かにそうだ。ただの布切れだからな。うん。大丈夫。


 ゆっくりと視線を落とした。


「よし!これで不審者から彼氏役に戻ったよ」


 水原さんは楽しそうに笑う。


「あれ?」


 彼女の後ろに見覚えのあるものが目に入った。それはまるで青空に浮かぶ純白の雲。


 だが考えにくい。色も形も数多くの種類があるのだから、同じもののはずがない。   


 白って200種類あるからな。


「ん?どうしたの?」


 水原さんは俺の視線を追い、顔を後方へ向けた。


 3秒ほどブツを眺めて再びこちらへ顔を戻す。その動作はとても機敏だった。


 彼女は顔を紅潮させた。このジャングルも夕暮れ時らしい。


「と、特に買う物ないから帰ろう」


 どうやら純白の雲はあの時見たものと合致していたらしい。何がとは言いませんけど。


 妙な生々しさを感じて恥ずかしくなったのか、彼女はそそくさと逃げるように店を出て行く。


 彼女の後ろ姿を見ると、耳まで夕焼け色に染まっていた。


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