20話 俺の断末魔は世界を平和にする

 ぴっぴっぴっぴぴぴ、ぴぴぴっ、ぴぴぴっ、ぴぴぴっ


「んんー」


 カーテンの隙間から斜陽が差し込む。眩しさと目覚まし時計の不快な音で目が覚めた。


 泥のように眠っていたと思うがまだまだ寝足りない。時間を止める術があったら間違いなく今使う。それぐらい寝たい。


 久々に運動をしたせいだろうか。切実に夢の世界に行きたい。切実に・・・


 しかしながら俺に時間を操る術はなく、登校拒否をする勇気もない。


 しかたなくうるさい目覚まし時計を止めて重い体を起こした。その時・・・


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 鈍痛が体全体を襲う。


 これはあれだ。筋肉痛というやつだ。それもかなり重めの。特に手、足、背中がヤバい。うん、本当にヤバい。ヤバすぎる。ヤバいな。


 あれ?痛すぎて語彙力を失ったみたいです。


 俺のうめき声を聞きつけた宝生さんが何ごとかと寝室に入ってくる。


「朝から何しているの?早く準備しないと遅れるわよ?」

「何であなたは平気なんですか・・・?」

「筋肉痛のことを言ってるいるのだったら平気よ。定期的に運動してるもの」


 さすが元ヤン。体力お化けだ。この人昨日日が暮れるまで居残り練してたからな。すました顔で帰宅してきた時はさすがに驚いた。


 リビングに入ると宝生さんは身支度を終え、文庫本を片手にコーヒーを飲みながら優雅に過ごしている。


「あの、もし俺を待っているんだとしたら気を遣わなくていいですよ」

「そんなこと全く考えてないわ。ただのルーティンよ?」


 そう言いながらも宝生さんはちらちらと俺の行動を伺っている。


 週末の課題が多かったため、リュックの中身は教科書とプリントでパンパンだ。

それに加え、今日は体育と書道があるから体操着と書道セットを持ち歩かなければいけない。さらに外履きも持っていく必要がある。


 もちろん適当な理由をつけて体育は見学させてもらうが体操着と外履きは身に着けておく必要がある。


 忘れたと言えばいいのだが、不要にお叱りをもらうのは面倒だ。


 なんでこんな日に限って大荷物なんだよ・・・


 サクッと身支度を済ませた俺はリュックを背負い、右手に書道セットを、左手に体操着と外履きの入った手提げ袋を持った。


「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・」


 今日に限っては100kgの重りを抱えているようだ。


 腕と背中はもちろんのこと、足にも相当の負荷がかかる。どうしよう・・・学校に着く前に力尽きてしまいそうだ・・・


 リビングの扉付近で、直近の1時間に絶望していると左手の重りがなくなる。


「何よ。軽いじゃない」


 体操着と外履きの入った手提げ袋を宝生さんが持った。

 

「一度リュックを床に降ろしなさい」

「え?」

「いいから早く」


 言われるがままリュックを床に降ろすと、彼女は俺のリュックを代わりに背負った。そして右肩に自分のスクールバッグをかけ、左手に体操着と外履きの入った手提げ袋を持つ。


「今回の筋肉痛に懲りて、今後は定期的に運動をするのね」

「え?まさかそれ全部持つつもりですか?」

「全部じゃないわ。書道の道具はあなたが持つのよ」

「いや、さすがにそれは申し訳ないですよ」

「黙って言うことを聞いて?この荷物全部背負って登校してみなさい?遅刻するわよ?

あなたが遅刻するということは生徒会の株を下げることに繋がる。あなたを庶務に推薦したのは私なんだからメンツを潰されても困る」


 荷物を持ってくれるのはありがたいが、相手が女性となると日本男児である俺の血が黙っていない。


「やっぱりダメです。自分の物は自分でもt・・・」

「うるせぇ、とっとと着いてこい」

「はい・・・」


 食い気味に言われ、俺の提案は一蹴された。


 あの、急に昔の口調に戻るのやめてくれませんか?ちびりそうなので・・・



     

  



 普段は宝生さんと駅で別れるのだが今日はずっと隣に彼女がいる。


 校門が見えてきた。東明高校の制服に身を包んだ学生が多くなる。


 周りはざわつき、クエスチョンマークを含んだ視線が飛んでくる。


 言うまでもない。どこぞの誰か分からん男子生徒が宝生麗華と並んで歩いているからだ。それも俺の荷物持ちを彼女がしている。


 ありえない光景だ。情けない。本当に情けない。


「あの、もう大丈夫ですよ。持てないわけじゃないですから」

「問題ない。遠慮することないわ」

「遠慮というか・・・」


 周囲の視線が痛いんです。ほんとこの人の隣は目立つから嫌だ。


 というかここまで優しくされると何か裏がありそうで怖い・・・


「周りの目を気にしているんだったら心配ないわ。あなたは生徒会の一員なんだから。部員同士助け合いをするのはどこだってやっている。何らおかしいことじゃないでしょう?」


 宝生さんは隣を離れることなくあっという間に昇降口まで来た。


「うわ・・・階段・・・」


 階段の前で俺は立ち尽くした。昇る前から足が悲鳴を上げている。今日の階段は摩天楼のように見える。


 立ち尽くす俺を見て宝生さんは呆れたようにため息をつく。


「はぁ、まだ持ってあげるわ。手すりに捕まってゆっくり進めば何とかなるでしょう?」


 宝生さんに背中を押され、階段を上がろうとしたその時・・・


 後方からどこかで覚えのある声が聞こえてきた。


「おはよう麗華」


 生徒会会計の藤堂和也さんだ。


「おはよう和也」


宝生さんは爽やかに挨拶を返す。


「後輩と一緒に登校するって珍しいな」


 彼は俺の方に視線を送り、不満そうな顔をしながら言った。


「ってか荷物多くね?俺持つよ」

「これは彼のなの」

「は?」


 和也さんの不満そうな顔にほんの少しの怒りが見えた。


 それを察知したのか宝生さんは補足する。


「神田君運動で体を痛めてしまったみたいなの。偶然会ったとき辛そうにしてたから持ってあげてるのよ」

「ほんと麗華は優しいんだな。俺が代わりに持つよ」

「それは悪いわ。私が勝手にやっていることだし」

「じゃあこれも俺が勝手にやったことだ。力仕事は男の義務だよ」


 藤堂さんは俺の荷物を軽々と持ち上げた。


「ありがとうございます」

「しょうがねーなー」


 俺のお礼を彼は無愛想に返す。この優しさは俺に向けられたものではなく宝生さんに向けられたものだ。


 おそらく藤堂さんは彼女のことが好きなのだろう。普段の生活が頭に浮かび、何だか申し訳なくなる。


 宝生さんは先に3年棟に行き、藤堂さんが代わりに荷物を運んでくれている。


 藤堂さんの姿を見た2年の女子生徒は黄色い声援をあげている。端正な顔立ちから人気を集めているのだろう。


 それにしても意外だ。彼は俺のことを嫌っているだろうから途中で投げ出すかと思っていた。


 だが予想外にも最後までこうして着いてきてくれた。とんでもないツンデレであるうことを祈る。


 教室の前に着き、藤堂さんは俺に荷物を渡した。


「ほんとありがとうございました」

「あんまり麗華に迷惑かけんなよ」


 そう吐き捨て彼は去っていった。


 あと数メートル・・・


 俺は両肩に重りを背負い、自分の席まで歩を進める。


 あと2m・・・

 あと1m・・・

 あと・・・


 ゴールテープを切った。脳内にサライが流れる。


 窓際にある自分の席に着き、隣の席に目をやった。空席だ。どうやら早坂さんは朝練らしい。


「よっ!転校生君!」


 後ろから軽快な声と共に背中に電気が走る。


 矢口君は挨拶と同時に俺の背中を強く叩いた。


「うぅぅぅぅ・・・」


 背中全体が悲鳴をあげている。俺は惰眠をむさぼる問題児のように机に伏せた。


「ん?どうしたんだ?」


 矢口君は机の上で丸くなる俺を不審がった。


 そしてひらめいたとばかりに続ける。


「あ!転校生君ってあだ名が嫌だったのか?拗ねるなよ。悪かった悪かった。これからは蓮人って呼ぶよ!」


 慰めているつもりなのかバンバンバンと俺の背中を手のひらで打ち続ける。


「おーい?蓮人?」


バンバン、バンバンバン、バンッ!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 確認する余裕なんてないが、おそらく皆の視線が俺に集中している。


 この断末魔はクラスメイトの会話のネタになっただろう。自己犠牲万歳!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る