19話 一回限りのごまかしは弱肉強食を覆す
40-0。
あと1点を取れば水原さん念願の勝利を掴むことができる。
とはいえ俺の実力で2人を相手にするのは不可能だ。早坂さんはもちろんのこと宝生さんもゲームを重ねていくごとに上達している。一番下手な俺が真っ向から打ち合って勝てるわけがない。
だからこそ脳みそと運を味方につけるのだ。
不器用ながらもポンポンポンと地面にボールをつきサーブを打つ準備をする。
レシーブサイドに目を向けると、早坂さんは緊張した様子で構えている。
視線を手前に戻すと、テーピングをぐるぐる巻きにした水原さんがネット付近から不安そうに俺を見つめていた。
すぐに彼女から目を離して俺は高くトスを上げた。
とにかく思いっきり打つ。フォームなんて汚くてもいい。入らなくたっていい。ただひたすらに力強い球を打つんだ。
パスン。
1球目はネットに引っかかった。だが我ながらなかなか速い球を打つことができた。いきなり球威が上がったせいか矢口君を含めた4人は皆一様に驚異の目を向ける。作戦は順調みたいだ。
続くセカンドサーブ。本来であればスピンをかけて入れることを重視する。これを外してしまうと失点してしまうからだ。でも俺のスタンスは変わらない。先ほどと同様にでたらめなフォームで力いっぱいラケットを振り下ろす。
バスン。
再びネットにかかった。ダブルフォルトで失点だ。これでカウントは40-15。
居てもたっても居られなくなったのか水原さんはとことこと俺の元へ来る。
「どういうつもり?ラッキーサーブでも狙ってるの?」
「まぁ、そんなところです」
「作戦は悪くないけどそのフォームじゃ入りっこないよ」
「いいや、大丈夫です。絶対に決めますから」
彼女は再び不安そうな目を俺に向ける。珍しく弱々しい表情だ。
そんな彼女の不安を払拭するかのように俺は口を開いた。
「さっきのルール訂正します」
「え?」
「ボールに触れるのを1回だけ許可します。1回だけですよ?」
「エース狙いじゃないの?」
「万が一ボールが返ってきたらの話ですよ」
そう言い残し俺はサーブ位置へと戻った。
「40-15」
矢口君のコールが鳴り響く。
それを聞き、先ほどと同様にトスを高く上げラケットを思いっきり振り下ろした。
今度はネットではなくオーバーした。着実にサービスエリアに近づいている。球速はさらにあがっているみたいだ。
宝生さんはセカンドサーブを警戒し数歩後ろに下がった。これで準備は整った。
次こそは!と俺は手をぐるぐるまわした。
ポンポンポンと前傾姿勢でボールを地面につく。
決める!
これで決めることができなければ敗北は明白だ。あくまでこれは賭け。またはごまかし。弱者が強者に勝つために許された一回限りの伝家の宝刀だ。
決める!!!
俺はトスを上げる・・・ことなく少しスライスをかけ球出しをするように打つ。
我が子の頭を撫でるように優しく、丁寧にボールを押し出した。
確かこれはフェイクアンダーサーブという名称だ。以前テレビで見たような気がする。
「「「「え!?」」」」
勢いのないボールはサービスエリア前方に落ちる。脳筋サーブを警戒していた宝生さんの意表を突くことができた。
だがこれでは終わらない。宝生さんの運動神経を考慮するとエースにはならないはずだ。
「くっっっ」
案の定宝生さんはフットワークを切り返してヒョウのごとくボールに食らいつく。
ちぎれてしまいそうなくらいに手を伸ばすと、彼女のラケットがボールに触れる。
無事返球することができた。
しかしながら彼女の運動神経を持ってしても返すので精一杯のはずだ。配球を考える余裕なんてない。
ふわーっと風船のように水原さんの頭上にボールが浮く。
「水原さん!1回限りですよ!」
「了解!」
目の前で水原さんが飛んだ。青空を羽ばたく白鳥のように。
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
彼女のスマッシュはベースラインに吸いつくように落ち、試合は幕を閉じた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
水原さんは涙目で手首を押さえてうずくまっている。
「当然です。無理しすぎですよ」
「それ、怪我人にスマッシュを打たせる鬼畜ペアが言うセリフ?」
「その件に関しては黙秘権を行使します」
俺が軽口で返すと水原さんはクスっと笑い立ち上がった。
「神田君、ありがとね」
本当に感謝しているのならば生徒会庶務長の役職を免除するよう”あの人”を説得してほしい・・・という心の声は置いておいて。
「俺は適当にサーブ打ってただけですよ。勝利を掴んだのは水原さんだ」
俺の言葉を受け彼女は再び笑みを浮かべた。
「ほんとしてやられたわ」
「完敗でした」
宝生さんは唇を噛んでいる。本当に分かりやすい人だ。
早坂さんは微笑を浮かべているものの、顔に悔しさがにじみ出ている。案外この人も負けず嫌いなのかもしれない。
「それで、勝敗の話はさておき、日和?今後はこんな無茶やめるのよ」
宝生さんは咎めるように言う。
「久しぶりのテニスでついつい本気になりすぎちゃった。現役を思い出したのかも?」
水原さんはえへへと親に叱られた子供のように笑う。何かを隠すような笑いにも見えた。
「矢野君!湿布とテーピングありがとね」
「いえいえ、紳士ならば当然の行いです!」
矢口君はグーサインをしてどや顔を見せる。
気づいてるのかな?君、名前間違えられてるからね?
「ほんと正吾がこんなにも準備のいい人だと思わなかった」
「俺のこと見直した?いつでも俺はウェルカムだよ?」
「湿布はファインプレーだったから今日は強く言わないけど、ちょっと気持ち悪いかな」
「ひどくなーい!?」
『Why Japanese People!?』と言い出しそうな勢いで矢口君は両手を広げてる。相変わらずオーバーリアクションだ。
「あれ?蓮君が笑ってる?」
早坂さんは物珍しそうな目でこちらを見る。
「俺ってそんなに笑ってないっけ?」
「うん、少なくとも私はあまり見てないかなー」
言われてみれば、ここ最近笑った記憶がない。
「笑うと幸せが訪れるからえーぞー?」
矢口君が言うと説得力あるんだかないんだか分からねぇ・・・
「神田君が笑ったってことで終わりよければ全て良しだね。帰ろうか」
「そうですね。もうすぐ日も暮れますし明日は学校ですから」
「だりーなー学校」
各々鞄に荷物を詰めて帰宅の準備をしている。するとずっと黙り込んでいた宝生さんが口を開いた。
「早坂さん、ラケットを借りていいかしら?」
「え?あぁ、全然いいですけど。もしかして1人でやるんですか?」
「・・・」
宝生さんはこくりと頷いた。
いや、あんたどんだけ負けず嫌いなんだよ。
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