17話 プレイボール

 ハードコートが太陽光を吸い、裸足になったら火傷しそうなくらい熱くなっている。


 半袖短パンで園内を駆け回る少年を見て季節の変わり目を感じた。


「はいこれ。中学の時使ってたやつ貸すね」


 白のスコートと、黄色を基調とするポロシャツを身にまとった早坂美玖が俺にラケットを渡す。


 ラケットのグリップはところどころ破けており、フレームには細かな傷があった。

当時のハードな練習を彷彿とさせる。


「私までお邪魔してよかったの?」


 水原日和はヨネックスのロゴがついた青のTシャツと黒色のショートパンツを着用している。すらっとした背丈のせいかウィンブルドン出場選手みたいだ。


 彼女の問いに早坂さんは満面の笑みで答える。


「もちろんですよ!水原さん中学の時テニス部でしたよね?じゃあむしろ嬉しいですよ。水原さんと一緒にテニスができるなんて」

「あはは、美玖ちゃんはいい子だねー」


 よしよしと水原さんは早坂さんの頭を撫でた。早坂さんの頬は赤みがかっている。


 話によると、水原さんは中学時代ここらじゃそこそこ有名な選手だったのだろう。


「いやー、麗しい。ずっと見てられるぜー」


 水原さんと早坂さんのやり取りを見ていた矢口君は、ニヤニヤと鼻の下を伸ばしながら言う。


「顔に出すぎじゃないかな?」

「こういうのは隠す方が失礼だぜ。美味しいものには美味しいって言うし、綺麗な花を見たら綺麗って言うだろ?それと同じだ」


 矢口君はしたり顔を見せる。


「じゃあ本人達に直接伝えた方がいいんじゃない?」

「それはダメだ。美玖ちゃんのゴミを見るような視線を浴びたくない」


 結局自己保身か。まぁ、確かに早坂さんは矢口君に当たり強いから、にやにやした表情で鼻の下を伸ばしながらさっきのような発言をすると、ボールやらラケットやらが飛んできそうだ。


「お待たせ」


 日陰で日焼け止めを塗っていた宝生さんが、ラケットを片手にコートに入ってきた。


 コンプレッションアンダーシャツの上に黒のナイキのTシャツを着て、レギンスの上にダークグレイのショートパンツを履いている。


 スポーツウェアのCMモデルみたいだ。黒を基調としたコーデだからかいつも以上にスタイルの良さが際立つ。


「あれ?宝生さんラケット持ってたんですね?」


 早坂さんは宝生さんの右手にあるラケットの方へと視線を落として問いかける。


「日和に借りたわ。思っていた以上に軽いのね」

「それは麗華が怪力なだけだよー」

「余計な一言ね。ボールをぶつけられても文句は言えないわよ?」

「当てれるもんならー」


 2人がじゃれ合う光景はとても新鮮だ。いやー、麗しい。


 昨日水原さんの了承を得たらしく宝生さんと水原さんの2人はテニスに参加することになった。そのため今日は俺と早坂さんに矢口君、宝生さんに水原さんと当初予定していたメンバーが集まった。


「正吾の腐った根性を叩きなおしてあげる。こっち来て」

「喜んでー!」


 矢口君は小走りで早坂さんの後へついていった。


「私たちは3人で適当にラリーしようか」

「そうね。私と神田君は未経験だから色々と教えてくれると助かるわ」

「そういうことなのでよろしくお願いします」

俺たちは各々コートに入りテニスを始めた。



          



「はぁ、はぁ、もう無理だー」

「正吾体力なーい!」


 矢口君は息を切らしている。そういえば矢口君、早坂さんに前後左右に振られてたな。配球には普段の怒りが込められていたように感じる。怖い怖い。


「休憩終わったらダブルスの試合しようよ」

「おぉ、それはいいですね!」


 水原さんの提案に早坂さんは大賛成した。


「じゃあ俺審判してるわ」

「え?いいの?」


 早坂さんは珍しく気を遣った素振りを見せる。


「大丈夫だよ、疲れたから。俺この中じゃ一番下手だしみんなが楽しんでるところ見れればいーや」

「正吾って意外といい奴なんだ」

「まぁーな」


 再び矢口君はしたり顔を見せた。


 早坂さん、違うよ?この人は審判台の上から女性陣を眺めたいだけだよ?


 顔面下部に注目。お分かりいただけただろうか?また鼻の下が伸びている(ホラー風演出)


 本来俺が審判をしようと考えていたが、矢口君に先をいかれてしまった。残るメンバーは4人。ダブルスをやるというなら参加せざるを得ない。


「ペア分けはどうやって決めるのかしら?」

「ちょうど3年生と2年生が2人ずついるので学年対抗とかですかね?」

「では私は日和とペアってことね」

「じゃあ私は蓮君とペア・・・」


 早坂さんはぼそっと呟く。どっちつかずの反応だ。


 嬉しそうに見えなくもないが冷静に考えればがっかりしているはずだ。

矢口君を抜いたこのメンバーの中ではおそらく俺が一番下手だ。早坂さんと水原さんが上手いのはもちろんのこと、宝生さんは並外れた運動神経のおかげで未経験ながらも見事な腕前を持っている。


 こうした勝負ごとに関心はないが何だか情けない・・・


 学年対抗戦が決まりそうな中、水原さんが口を開く。


「それじゃあ面白みがないよー」

「じゃあどうやって分けるんですか?」


 彼女の意図していることが分からず質問を投げた。


「こういうのは誰と組むか分からないから盛り上がるんじゃん」


 水原さんは不敵に微笑み、握りこぶしを差し出した。


 なるほど、そういうことか。宝生さんと早坂さんを交互に見ると彼女たちも水原さんの意図を汲み取ったらしく同様に握りこぶしを作った。


「理解が早くて助かる。じゃあいくよ」


 水原さんの掛け声を合図にチーム分けが始まる。


「「グッとパーでわかれましょ」」

「「グーッパ」」


 水原さんと早坂さんの掛け声が被り、俺と宝生さんの掛け声が被った。どうやら地域によって違うらしい。


「都民の掛け声はそれなんですね」


 俺が呟くと早坂さんがいち早く反応した。


「こうなると思った。こういうのって地域性が出て面白いよね」


 早坂さんが話した後に水原さんは、俺と宝生さんを交互に見ていたずらっぽい笑みを浮かべながら口を開く。


「何グーッパって?シンプルすぎでしょ」

「シンプルで何が悪いのかしら?こういうのは効率重視の方がいいじゃない」


 宝生さんは負けじと反論する。


「いやいや、みんなで遊んでるんだから掛け声にエンタメ要素があった方が面白いでしょー?というか麗華は2年以上都民なんだから普通こっちに染まらない?」


 2人は議論を白熱させる。これが彼女たちの日常的なじゃれ合いなのだろう。


 俺と早坂さんはぼーっと2人のやり取りを見ているだけだ。


 経験上こういった地域性が顕著に表れる話は平行線のままだ。だからそろそろ終了の鐘を鳴らさなければならない。


「あの・・・チームは?掛け声が被ったもの同士ってことでチームローカル対チームセントラルにしますか?」


「それだと蓮君たちが不利じゃないかな?私と水原さんは経験者だし」


 確かにそうだ。いくら宝生さんの運動神経が優れていたとしても経験者2人相手にするのは難しいだろう。それに正直俺はあまり戦力にならない。ボロ負けの未来が見える。どうせ試合をするならば競った方が盛り上がるだろう。


「では私と神田君、日和と早坂さんでチーム分けをしましょう」

「なるほどー。それだと経験者と初心者が綺麗に混ざるね」


 全員納得してチーム分けが始まる。元気ある掛け声と淡々とした掛け声がテニスコートに響き渡った。


「グーの人?」


 水原さんは握りこぶしを空に掲げる。


「俺です」

「神田君と一緒か。頑張ろうね」


 水原さんは俺の顔を見ると、なぜか安堵した様子を見せる。


「宝生さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。力になれるよう頑張るわ。では始めましょう」


 最初のサーブ権は俺たちに渡った。各々ポジションにつく。


「そんじゃプレイボール!」


 矢口君の掛け声により試合が始まった。



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