13話 お隣さんは俺と宝生さんの関係を知る
俺と早坂さんはエレベーターに乗り込んだ。
妙に気まずい空気が流れる。
早坂さんと部屋が隣同士というのは特段問題ない。しかし、それは俺が1人暮らしをしていたらに限る。
俺が危惧しているのは宝生麗華の存在だ。
早坂さんが隣に住んでいることによって宝生さんとの同居生活がバレる恐れがある。
同居が知られてしまえば真っ先に疑われるのは俺たちの関係性だ。
万が一バレた場合は恋人同士とでも嘘をつけばいいのだろうか。
いいや、それはいつかボロが出そうだ。
俺にとっても都合が悪い。変に学校で目立ってしまうからな。
エレベーターが8階に到着した。
いち早く宝生さんに連絡を取らなければ。
部屋の前に着き別れを告げようとすると早坂さんは803号室の扉の前に立ち尽くし、
「蓮君家族と引っ越してきたの?もしいるんだったら挨拶していこうかな」
「いや、1人暮らしなんだ」
「え?」
意外そうな目を向ける。親元を離れて高校生が1人で生活をするというのは珍しいのだろう。しかし、俺と早坂さんが考えていたことは違った。
「前この部屋から女の子の悲鳴が聞こえてきたからてっきり妹さんでもいるのかと思った」
おそらく彼女の言っていることは先日の蜘蛛騒動だろう。確かに宝生さんとんでもない悲鳴あげてたからな・・・
「な、何のことかなー?801の住人じゃない?」
「いいや、ここから聞こえてきたよ?すごく大きな声だったから何かあったのかもって思って。お父さんなんか警察に通報しようとしてたからね」
確かに女性の悲鳴は事件を予感させるよな。お父さんの行動は決して間違えていない。
「1人暮らしなのに女性の悲鳴が聞こえたってことはまさか・・・」
まさか女連れ込んでるんだろ?とでも言いたいのだろうか?
「幽霊?この部屋ってまさか事故物件じゃないよね?大丈夫なの!?」
またまた俺と彼女の考えていることは違ったらしい。
早坂さんは顔の半分を両手で覆い、涙目になっている。この人はかなりピュアらしい。
純粋な心を利用するようで申し訳ないが、ここは事故物件のくだりに乗らせてもらおう。
そう考えた時、ふとエレベーターが視界に入った。
表示されている階数が3階、4階、5階と上がっている。
よくよく考えれば、いいや、よくよく考えなくてもこの状況に宝生さんが帰宅してきたらまずいのではないだろうか。
とりあえず適当に会話を打ち切って解散しなければ。
「ごめん、急な腹痛が・・・。とりあえず明日ゆっくり話そう。それじゃあ」
「え?どうして?」
どうしてって腹痛は腹痛だろ。生理現象だ。そう早坂さんに目で答えると彼女は俺ではなくエレベーターホールの方を見ている。
早坂さんの問いは俺に向けられたものではなかった。
まさか・・・・・
案の定、彼女の視線の先を辿ると宝生麗華がいた。
彼女は俺たちに気づかず文庫本に目を向けながら歩く。
やがて俺の顔が視界に入ったのか、
「ん?こんなところで何やってるの?誰が見てるか分からないんだから早く部屋にはいりまs・・・」
言葉が止まった。
早坂さんに気づいたようだ。宝生さんはかなり目が泳いでいる。
冷静沈着な彼女だがこの状況にはさすがに焦りを感じているのだろう。
「は、早坂さんでしたっけ?こんにちは」
「こんにちは!どうして会長がこちらへ?」
「えーっと、か、彼に届けたいものがあって」
ごまかすように答える。
さしもの宝生麗華もこの状況下では嘘の精度が大きく下がるらしい。
俺は彼女に助太刀を入れる。
「さっき話したじゃん!生徒会に入ったって。今日もらいそびれた書類があってわざわざ届けに来てくれたんだ」
「わざわざこんな郊外まで?」
「えぇ、今日早急にやってもらいたい書類があったからね」
宝生さんが冷静さを取り戻したかのように話した。
「でもさっき『部屋に入りましょ』て言ってませんでしたっけ?」
「・・・」
宝生さんは頭の回転が早く、普段ならばつらつらと言葉が出てくる。しかし今回に限ってはギブアップらしい。
早坂さん強いな。猛獣を黙らせちゃったよ。
これ以上下手な言い訳をするのはかえって不自然だ。
それに隣人関係ということは今後遭遇する可能性が高い。会うたびにいちいちこのような状況になるのは面倒だ。
であれば彼女の過去だけを伏せて開き直るしか手は残されていない。
「宝生さんは俺の従姉なんだ」
早坂さんは俺に怪訝な目を向ける。無理もない。彼女から見て俺たちは不審な関係を必死に隠しているように映っている。
だからそのことについても誠意をもって謝罪しなければいけない。
「実は親族間の事情があって今は一緒に暮らしてるんだ。変な噂が広がったらお互い困るから伏せてたんだよ。騙したみたいになってごめん」
「じゃあ学校では他人のフリをしてるってこと?」
早坂さんの問いにこくりと頷く。
思考を巡らせているのか早坂さんは黙り込んだ。
しばしの沈黙が流れる。今日は沈黙だらけだな。
やがて早坂さんは笑みを浮かべて口を開いた。
「なーんだ、そういうことか」
宝生さんから「ふぅ・・・」と安堵した小さなため息が聞こえてくる。
「私からも謝るわ。早坂さん、不快な思いをさせたのならごめんなさい。欺こうってつもりはないの」
「分かってますよ。確かに広まったら色々と面倒なので無理もないと思います」
何とか丸く収まったようだ。アフターケアは宝生さんに任せよう。
「理解が早くて助かるわ。それでお願いがあるの。私と彼が従姉であること。そして一緒に暮らしていることは内緒にしててもらえるかしら?」
「もちろん誰にも言いませんよ。これからはお隣さんということで仲良くできたらと思います」
宝生さんは一瞬驚きの表情を浮かべた。おそらく早坂さんと隣人ということを今知ったのだろう。
「えぇ、こちらこそ。神田君とはクラスが同じみたいだし、部屋も隣同士というのは何かの縁ね。私も仲良くしてくれると嬉しい」
宝生さんが言うと早坂さんは笑みを浮かべながら首肯する。その後挨拶を交わして各々部屋に入っていった。
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