11話 地獄の歓迎会
最寄りの池袋駅についてからは宝生さんと別行動した。
彼女は構わないような素振りを見せていたが念には念をだ。
別に彼女のことを気遣っているわけじゃない。俺が嫌なのだ。
彼女の隣を歩くと嫌でも目立ってしまう。
周りから色々と詮索されたり関わりを持つのは面倒だ。あまり人間関係を広げたり関わりを深めたくない。
東明高校が見えてきた。
校門に近づくと見覚えのある顔と目が合う。
「おはよう!神田君!」
「おはようございます!」
スクールバッグを肩にかけた水原日和は爽やかな挨拶をする。
「神田君!今日の放課後よろしくね!」
放課後?一体何のことだろうか。
「何か約束しましたっけ?」
「あれ?麗華に聞いてなかったの?生徒会」
「ん?生徒会?」
「庶務に就いてもらうって聞いたんだけど」
「はい?」
「いや、だから今日から生徒会の庶務として働いてもらうって話」
あの女・・・・・・
ちょくちょく見せる余裕はそういうことだったのか。
確かに彼女にとってはメリットが多い。
俺と共有する時間が多ければ多いほど監視の効率が上がるし、校内で俺と関わっても同じ生徒会なら詮索されることはない。
しかし、俺には何一つメリットがない。
ここは水原さん通して断りを入れよう。
「あっ、ちょうどいいところに来た」
俺の後方に向かって水原さんはひらひらと手を振る。
振り返るとさっきまで共に電車に揺られていた宝生さんがこちらに向かってきた。
「おはよう麗華!」
「おはよう日和」
「今日から神田君生徒会に入るんでしょー?」
「そうだよ。ね?この前お願いしたものね」
なに満面の笑みで嘘ついてんだよ。
聞いたことねぇぞそんな話。
よくよく考えれば水原さんを通して断ったところで家でぐちぐち言われるんだよな。
「あの、庶務って忙しいんですか?」
「全然そんなことないよ。ちょっとした雑用手伝ってもらうだけだから安心して!」
水原さんはウィンクをしながら答える。
可愛いなおい。全然話入ってこなかったわ。
「前いた庶務の子、部活が忙しくなっちゃってやめちゃったもんね」
「だからこの前神田君誘ってみたの。そしたら快く引き受けてくれてね」
呼吸するように嘘つくというのは彼女のためにある言葉だ。
おまわりさーん。この嘘つきを何とか罪で捕まえてくださーい。
困った。
ここまでハードルをあげられると断り方が分かんねぇ。
「じゃあ神田君!放課後会えるの楽しみにしてるね」
水原さんは期待に満ちた表情を浮かべ、宝生さんは、
「16時に生徒会室でね(訳:来ないとぶっ殺すぞ)」と言いながら手を振り去っていった。
きーんこーんかーんこーん。
放課後のチャイムは法螺笛の音に聞こえる。
まるで今から戦争に行くようなマインドだ。
知り合いが誰もいない地で平穏な高校生活を送るはずだったのだが、宝生さんと同棲することになり生徒会の仕事をするハメになりと立て続けに問題が舞い込んでくる。どうしたものか。
あれこれ考えていたらあっという間に生徒会室の目の前に着いた。
ふーと深呼吸をして引き戸に手をかける。
「あれ?まさか蓮人君かな?」
入室の決心は後方の女性に打ち砕かれた。
振り返ると生徒会の顧問が立っている。確か上野先生だ。
今日もまたピンク色の可愛らしいジャージを着ている。
童顔のせいか部活をしている女子高生のようだ。
「聞いたわよ!麗華ちゃんに勧誘されたんだってね」
勧誘はされてませんけどと言いそうになり言葉を飲み込んだ。
「君のこと楽しそうに話してたわ」
「それは違うんじゃないですかね」
「私にはなんとなく分かるよ。あの子、蓮人君には素を見せるでしょ?」
フワフワした雰囲気なのに鋭いんだなこの人は。
でも少し違う。
素を見せているというよりも素を知られてしまったという方が正しい。
彼女にとって俺は爆弾のようなものだ。
心を開いて素を見せる間柄じゃない。
「麗華ちゃんはいつも何かと戦ってる顔をしている。それは恋なのか勉強なのか、それとも私が想像できないような大きなことなのかもしれない。あの若さでよくやってると思う」
先ほどまでの若々しいノリはなく、上野先生は少し大人びた表情で語る。
「でも戦ってばかりの人生は疲れる。だから蓮人君があの子の回復薬にならないと」
「薬ですか。せめて衛生兵にしてください」
俺が軽口をたたくと、上野先生の大人びた表情は消えてあどけない笑みに変わった。
「ダメよ。薬の方が常に持ち運べるでしょー?」
どう頑張っても俺は消耗品のようです。
ふと思い出した。上野先生とのおしゃべりに気を取られていたが、そういえばこれから生徒会の顔合わせじゃないか。
ちらっと廊下にある時計に目を向けた。
・・・やばい。2分遅刻だ。
ガラガラと生徒会室の引き戸が開いた。
振り返ると宝生麗華が仁王立ちしている。
「神田君。2分遅刻よ?どうかした?」
穏やかな口調とは裏腹に目が冷たい。
あれ?ここ北極だっけ?
「すいません、ちょっと忘れ物をして」
「忘れ物?何を?」
「えーっと筆記用具?とか?ですかね?」
俯瞰してみるとめちゃめちゃしどろもどろだ。
後ろから「きゃははは」といたずらっぽい笑い声が聞こえる。
おい。あんたとの世間話で遅刻したんだぞ?
というかなぜ俺は教師を庇ってるんだ?上野先生と話してたって言えばいいだろ・・・
「上野先生もお揃いで。早速始めましょう」
宝生さんは生徒会室へと入っていく。俺と上野先生も彼女の後に続いた。
生徒会室には会長の宝生さんとその隣に副会長の水原さん。
その正面には見るからに書記っぽいメガネをかけた大人しそうな女性と端正な顔立ちをした男性が座っている。
書記ちゃんは俺に無関心そうで会計君は敵意むき出しの目を向けている。
「では揃ったということで、今回は新しく生徒会運営に協力してくれる彼を紹介したくて招集しました」
宝生さんは目で俺に自己紹介を促す。
「庶務を担当します。神田蓮人です。生徒会の勝手は分かりませんが少しずつ業務を覚えていけたらと思います。よろしくお願いします」
一応立ち上がり無難な挨拶をする。
「よっ、神田君!みんな!色々と教えてあげてね」
水原さんは書記ちゃんと会計君に向かって言う。
書記ちゃんは「はい」と小さな声で返事をし、会計君は「オーケー」と気だるそうに答えた。
「それじゃあ神田君の生徒会入会を祝って乾杯しよう」
水原さんはスクールバッグから2リットルの葡萄ジュースと紙コップを5つ取り出した。
そして1つ1つ丁寧に注ぎ乾杯の準備を始める。
きっと彼女はムードメーカー的な立ち位置なのだろう。
「先生は例のブツ持ってるよね?」
「もちろんよー!ほら」
水原さんの問いに答え、上野先生はリュックからワインを取り出した。
「学校で教師が飲酒するのはどうかと思いますけど・・・」
宝生さんはこめかみを抑えながら呟く。
「いいのいいの!安月給の教師はこれぐらいラフでなくちゃ」
「それはあまりにも教師らしからぬ発言では?」
宝生さんに続いて俺もツッコミを入れてみる。
「まぁまぁ、これが上野先生だから」
「日和ちゃんは分かってるなー!」
「東明高校で私は先生の一番の理解者ですからー!」
「きゃー、早く成人になってー?日和ちゃんと一緒にお酒飲みたい」
「私も早く葡萄ジュース卒業したいですよー!」
上野先生と水原さんは肩を組みながら将来酒を交わすことを約束している。
水原さんは宝生さんと同様かなりスラっとしている。数字で表すならば160cm台後半だろう。
対して上野先生はかなり小柄で150cm前後だ。上野先生の童顔も相まってどちらが年上か分からない。
2人は教師と生徒というより仲良し姉妹みたいだ。
「それじゃあ会長、乾杯の音頭よろしく!」
水原さんから宝生さんへと主導権が移る。
「では、新たな生徒会メンバー神田蓮人君とこの場のみなさまのご活躍とご健康を願いまして、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
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