9話 同じ屋根の下
ブーブーブー
テーブル上にあるスマホからバイブ音が聞こえてくる。着信が来たのだろう。
電話の差出人は大体想像できる。
「出なくていいの?」
「明日起きたら掛けなおします」
「重要な連絡かもしれない」
「俺に重要な連絡をしてくる人間なんていないですよ」
「あなたって何考えてるか分からないから友達居なそうだものね」
一言多い。余計なお世話だ。
蜘蛛騒動から30分が経過し、ようやく彼女は落ち着きを見せた。
証拠に、口調が品行方正な生徒会長モードに戻っている。えらい変わりようだ。
人間は疲れた時や怖い思いをした時に素が出ると言う。
つまり普段の彼女の発する言葉や所作は作り物で欺瞞に満ちていると言える。
きっと彼女は嘘を嫌う人種だ。それは昔の荒れていた時から変わらず正直で素直な人だ。
彼女と関わった時間はほんの僅かだがなんとなくわかる。
そんな彼女がなぜ過去や性格、口調や振る舞い等全てを隠して学校生活を送っているのだろうか。
隠すだけならまだしも、監視のために俺の家に泊まり込むなんて奇行にもほどがある。
「ねぇ、そろそろ寝るんだけど私・・・」
「あぁ、ご自由に」
「いや、そうじゃなくて」
彼女は何か言いたげな表情を浮かべている。
俺は目で続きを促した。
「余ってる布団ある?」
「いや、ないです。あ・・・」
来客なんて想像もしたことがないから布団は1つしかない。
どうしよう。宝生さんは女の子だし先輩だし生徒会長だし少し怖い人だし。
譲るしかないじゃん・・・
「俺ソファーで寝るんで大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかないでしょう」
意外な返答に俺は驚いた。確かに俺の意思をガン無視して家に居座っているのは彼女だから家主の俺をソファーに寝させるのは理不尽というものだ。
というか、人の弱み握って恐怖と権力で家に居座ることがそもそも理不尽なんですけどね・・・
とはいえ俺は立派な日本男児だ。女の子を堅いソファーなんかで寝させるわけにはいかない。
「ソファーで寝るのは慣れてるんで何ら問題ないですよ。罪悪感があるんだったら次から布団持ち込んでください」
「別に布団で寝たいなんて言ってないわ。余っているか聞いただけ。だからあなたは自分の布団で寝なさい」
「いや、ソファー堅いですから」
「問題ない」
「宝生さんは良くても俺は良くないです」
この人は何に意地を張ってるんだ・・・
仮に俺が布団で寝たとして宝生さんがソファーで寝てることを考えたら絶対に寝付けない。
もはやソファーで寝た方が快眠になる。
「大丈夫。ソファーで寝ないから」
「え?床で寝るつもりですか?」
「まぁ、そういうことになるかしら」
何言ってるんだこの人は。蜘蛛を見て頭がおかしくなったのだろうか。
彼女はすっと立ち上がりスーツケースの中身を漁り始めた。間もなくしてシャカシャカとした生地の物を取り出す。
「これで寝るから大丈夫」
「寝袋持ってきてたんですか」
「当たり前でしょ。布団が余ってれば嬉しかったんだけど冷静に考えればあなたが持ってるわけないわよね」
「俺に親しい人間がいないと揶揄してます」
「想像にお任せするわ」
彼女は寝袋を広げた。俺はその間寝室から毛布を持ち出しソファーの上に置く。
俺の行動の意味が理解できなかったのか彼女は怪訝な目を向け口を開いた。
「なぜ毛布?」
「今日はソファーで寝ます」
「何言ってるの?布団で寝ればいいじゃない」
「気分ってものがあるんですよ。おやすみなさい」
寝袋とはいえ見たところ生地が薄そうだ。
布団よりも快適なんてあり得ない。
俺が彼女より快適な布に身を包み安眠するなんてできない。我ながら素晴らしい舎弟根性だ。
と冗談はさておきいくら譲っても彼女は布団で寝なさそうだ。
俺も彼女が腰を痛めて睡眠をとっているなんて考えたら罪悪感で寝れなくなる。
だからとりあえず痛み分けで俺もソファーで寝るとしよう。
「あなた、私と同じ空間で寝たいって認識で合ってる?」
「全然合ってないです」
「変なことしたらどうなるか分かるでしょうね?」
「その心配があるんだったら寝室に行くことをおすすめします。俺が寝室に行きたいところですがソファーを運ぶのは面倒なので。寝袋を寝室に持ち込めば問題は解決しますよ」
俺がそう言うとくすっと小さな笑い声が聞こえた。
横目で彼女を見ると笑みを浮かべている。彼女の笑顔を初めて見た。
いいや、正確に言うならば彼女の自然な笑顔を初めて見た。学校での彼女の微笑はどこか作り物のように感じてしまう。
「あなたって変な人ね。初めて出会った人種かも」
「俺はモブですよ。モブに変人はいません。宝生さんの方がよっぽど変わってると思いますけど」
「それはいい意味として捉えていいのかしら?」
声色が怖くなってきたからこれ以上この話は広げないでおこう。
真っ暗な部屋。普段ならちくたくちくたくと秒針の音しか聞こえない。
しかし今日は秒針の音とスースーと他人の寝息の音が混同する。
あまりに新鮮な音に、俺は全く寝付くことができなかった。
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