7話 純白な雲は弱みと化す
午前8時の校門前は生徒たちの喧騒で溢れている。
空を見上げると雲一つない快晴が広がる。
俺が雲を全て吸い取り快晴にしたのではないかというくらい俺の心と今日の空は対照的だ。
今の俺を嘲笑っているように見える。
「おはよう蓮君!」
「おはよう」
「どうしたの?朝から顔色悪いけど体調でも悪いの?」
「そうか、体調悪く見えるか。まぁ、ある意味病気だ」
「えぇ!?病気!?」
早坂さんは朝から元気ハツラツだ。一方俺は昨夜のことを考えげっそりしていた。
「ねぇ早坂さん、これは友達の話なんだけどさ」
「うん」
「すごく怖い人がいてその人から共同生活をするよう迫られたんだ。俺、いいや、その友達はなんとしても断りたい。でも真正面から断るのはリスキーだから何とか丸く収める方法を探してるんだ。何か良い方法ないかな?」
「確認だけどそれ、蓮君の話?」
「だから友達だって」
「それで真っ青な顔してるんだ。友達思いだね」
「ま、まぁね」
「うーん、1人で断れないってことだよね?じゃあさ親使うなり先生使うなりすればいいんじゃないかな?権力をフル活用するんだよ」
「なるほど」
教師を使うのは気が引ける。
校内の彼女は誰が見ても才色兼備な生徒会長。教師や生徒からの信頼は計り知れない。
彼女のことだ。ブランディングを崩さないよう用意周到に立ち回っているだろう。
昨日の一件も布石を打っての凸とみた。であれば校内で大ごとにするのは俺にとってリスキーである。
となると親を弱みにするのはどうだろうか。少しは話し合えるかもしれない。
「早坂さん、ありがとう!」
「力になれたなら良かったよ」
早坂さんは少し頬をリンゴ色に染めながら無邪気に笑う。
空を見上げると飛行機雲がうっすら見えた。
「それで、話っていうのは?」
生徒会室に宝生麗華の冷たい声が響き渡る。
でも今日の俺は大丈夫だ。対等に話し合える自信しかない。
彼女に聞こえないよう小さく深呼吸してから口を開く。
「昨日の件についてです」
「ふーん、それで?」
「宝生さんを家に住ませるわけにはいきません」
「理由は?」
「親御さんの問題があるからです。高校生の大事な娘を得体のしれない男の家に住ませる親がどこにいますか?親御さんのことを考えると胸が痛みます」
「それなら大丈夫。私も1人暮らしだから家を自由に出入りできる。私がどこで何をしようと気にかける人間はいないわ」
「宝生さんが良くても俺は良くないです。ほら、俺も一応思春期真っただ中の男ですし、何というか。理性は人一倍あると思いますが万が一のことがあったら」
「物ははっきりと言いなさい。私に欲情する可能性があるって言いたいの?だったらその心配はないわ。あなたも知っての通り私はそこらのひ弱な男子を叩きのめすくらいの攻撃力は兼ね備えているつもりだから」
確かに・・・・・・
この人と対峙したら一振りで吹き飛ぶ自信がある。
攻撃力に差がある限りこの人にこうした脅しは効かない。でもこのまま引き下がるわけにはいかないのだ。
俺の平穏な生活がかかっている。やはり親を使って情に訴えかけるしか方法はないようだ。
「宝生さんにとっては俺との生活に心配はないと思います。でもやっぱり親御さんのことを考えたら良くないことです。万が一知られてしまったら悲しみますよ。1人暮らしをしてるってだけでも心配でしょうから」
「だからその心配はないって言ってるでしょう。そもそも私に親はいないもの」
「え・・・・・・」
「父親は死んでるわ。母親もいないようなもの」
彼女は少し目線を下に落とし、ぼそっと呟いた。
何だか悪いことを言ってしまった気分だ。罪悪感が襲い掛かる。
もしかしたら地元を離れてここで1人暮らしをしているのは、両親のことが関係しているかもしれない。
申し訳なさから次に発する言葉を真剣に選んでいると、宝生さんはくいっと口角をあげ挑発的な視線を向ける。
「見たところあなたは日々に平穏を求めているわね。この前みんなで食事をしたとき、あなたの当たり障りないコミュニケーションを見て思ったわ。君は人に踏み込むことも踏み込まれることも苦手。いいや、嫌いなのかしらね?」
さすがは学校一の秀才。的確な分析力だ。
宝生さんは続ける。
「でも日和の下着を見たってことが全校中に知られると平和な生活が幕を閉じるわね」
「いや、あれは事故なので故意に見たわけでは」
「世の中結果が全てよ。大衆はプロセスなんて興味がないの。加えて、誰が発言するかも大事ね。私が言いふらすのとあなたが弁解するの、大衆はどちらを信じるかしら?」
無論、大衆を動かすのは彼女に武がある。
「あの、これは脅しという認識であってますか?」
「どう捉えるかはあなた次第よ。まぁ、少ない脳みそを使って私への対抗策を考えるのもいいけど、ここは素直に従っておいた方が身のためだと思う」
「はぁ・・・・・・」
「お手上げかしら?じゃあ決まりね。早速今日お邪魔するからよろしく」
宝生さんはそう言い残し去っていった。
引き戸が僅かに開いている。途端に隙間風が足元を襲い、季節にそぐわない寒さを感じた。
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