5話 ランチと秘密と宝生さんの嘘

 東明高校に転校し1週間が経った。


 学校生活にも慣れ、ゆったりと時間が流れていく。


 相変わらず校内を徘徊していると殺気のような視線を感じる。


 きっと”あの人”がどこかで監視しているのだろう。俺のことを信用するのは難しいらしい。


 今日もまたどこかで見ていると思う。

 その凍てつくような視線を気にすることなく俺は食堂へと足を運んだ。


「蓮君!何食べるのー?」

「ん?早坂さん?」

「俺もいるぜー」

「矢口君まで?どうしたの?」

「蓮君とお昼食べよーって思って。正吾は呼んでないんだけどね」

「ひどくなーい!?」


 矢口君は前と同じように大袈裟に落胆する。


 1人でゆっくりと食事を楽しみたいところだがこれは断れる雰囲気じゃない。

 しぶしぶ俺は彼らと食事をすることにした。


 各々食券を買い、俺たちは返却口付近の4人掛けテーブルを陣取った。


 俺の向かいに早坂さん、横に矢口君という並びだ。


 俺はこの前と変わらず生姜焼き定食を頼んだ。


 一方早坂さんはからあげ丼の大盛りを食べている。小柄ながら大食いらしい。


 熱々のご飯にキャベツが敷かれ、その上に大きな唐揚げが6つ並べられている。


 唐揚げにはマヨネーズとたれがかけられており、中心に紅ショウガがトッピングされている。なかなか背徳感のある食べ物だ。


 矢口君はというとカツカレーを口にしている。


 白い楕円形の皿にびっしり白米が盛り付けられ、その上に熱々のカレーとサクサクのトンカツが乗っている。


 今にも皿から溢れ出そうなボリュームだ。


 さすがは学生食堂なだけはある。かなりの量だ。


 ルーはどちらかというと家庭のカレーを意識して作られているような気がする。とにかく美味そうだ。


「蓮君学校には慣れた?」

「まぁ、それなりには」

「転校生君!俺になんでも聞いてくれよ」

「何先輩面してんのー?正吾が教えることなんてないでしょ?」

「ひどくなーい!?」


 矢口君はまた大袈裟に肩を落とした。


 その後矢口君はあ!と何か思い出したかのように口を開く。


「先輩と言えばよー、転校生君、この間水原さんに水かけてたっしょー?大丈夫だった?」


 不意を突かれた俺は水を吹き出しそうになった。


 邪な感情を抱いてしまったせいかこの話はあまり広げたくない。


 頭をフル回転させてどう切り返すか考えていると、左隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「いやー、あの時は大変だったよ。胸元がびしょびしょでさー」


 からかう様な口調で話しかけてきたのはあの一件の被害者、水原日和さんだ。

そしてその横には・・・・・・


「豪華すぎる!豪華すぎるぞ!会長に副会長!」


 矢口君の反応を見るにどうやら水原さんも宝生麗華と同様にこの学校においてはスター的存在らしい。というか水原さん、副会長だったんだな。


「こ、こんにちは」


 美しくもあり親しみもある笑みを宝生麗華は浮かべる。


 しかし、彼女の目は相変わらず笑っていない。


「日和!彼らのお邪魔になるから他の席を探しましょ」


 俺という爆弾を避けたいのだろう。宝生麗華は遠回しに席移動を提案する。


「全然お邪魔じゃないっすよー!むしろ嬉しいです」

「彼もそう言ってることだしいいんじゃない?普段関わりのない後輩達とコミュニケーションを取るのも大事だよー」

「そうっすよそうっすよー!お気になさらず座ってください」


 水原さんと矢口君の意見が合致し、宝生麗華は困惑している。

きっと頭をフル回転させ逃れる理由を探しているのだろう。


 ちなみに早坂さんは2人に圧倒され緊張しているのか少し口数が減っている。


「それに彼とは近いうち一緒にご飯食べようって約束したから」


 水原さんは俺の方を指し、すぐ横にある2人掛けテーブルを俺たちの席にくっつけながら言う。宝生麗華は微笑を浮かべ「分かったわ」と答えた。


 その直後殺気を感じる。この人俺のこと睨んだな・・・・・・


 無理もない。才色兼備な生徒会長が元ヤンだと知られたら周りからの評価に多少なりとも影響が出るだろう。


 それにしてもなぜ彼女はヤンキーから足を洗ったのだろうか。何か大きなきっかけでもあったのだろうか。


 そんなことを考えていると水原さんは俺の顔を覗き込むように話しかける。


「そういえば君の名前聞いてなかったね」

「神田蓮です」

「矢口正吾っす!」


 無難に名を名乗ったあと、矢口君は聞かれてもないのに俺に続いて自己紹介をした。


 早坂さんは戸惑いながらも矢口君に続く。


「そういえば矢口君が君を転校生君って言ってたけど最近この学校に来たの?」

「ま、まぁ、そんなところです」

「出身はどこなのー?」

「ど、ど田舎ですよど田舎!言っても分からないような僻地です」


 この流れはまずい。見たところ宝生さんと水原さんはかなり親密な仲だ。


 出身地くらいは明かしているかもしれない。


 ここでもし俺の出身を言ってしまえば宝生さんの中学時代を詮索されてしまうおそれがある。


 考えすぎかもしれないが話題を変えよう。


「や、やっぱり2人はお美しいなー」

「「「???」」」


 話題転換下手すぎだろ俺。一体全体何を言ってるんだ・・・・・・


 矢口君は「それなー」と共感し、それ以外の女性陣は不意をつかれたかのように「え?」とハモる。


 正面に座る早坂さんはぷくっと頬を膨らませ、宝生さんは俺に怪訝な目を向ける。


 一方水原さんはくいっと口角をあげ挑発的な笑みを浮かべた。


「ほうほう、案外神田君ってそういうことストレートに言う人なんだね」

「い、いや、これはなんというか」

「私と麗華どっちがタイプ?」

「それは世界一難しい質問ですよー」

「いいから答えて」


 なぜかさっきまで不敵な笑みを浮かべていた水原さんの顔が真剣な表情になっている。


 これはごまかしずらい。


「選べないですよー。水原さんも宝生さんもモデルクラスですから。宝生さんなんて昔から綺麗だし」

「昔から?」

「あ・・・・・・」

「おいおい、転校生君!宝生さんと知り合いだったのか?ほんと隅に置けねぇ!」

「蓮君?全校集会の日に宝生さんのこと聞いてたのってそういうこと?」


 変な発言をしてテンパってしまったせいか、うっかり口をすべらせてしまった。


 水原さんの探るような視線に矢口君、早坂さんが続く。


 どう収集すればいいんだこれは・・・


 5人の間に沈黙が流れる。


「違うわ。私が生徒手帳を落としてしまった時、彼が拾ってくれたのよ。その時手帳の中に入れている写真を見られたんだわ」


沈黙を破ったのは宝生麗華だ。


 宝生さんは「ほら」と手帳から写真を取り出した。

 写真の中の彼女はおそらく小学3〜4年生くらいだろう。隣には温かな笑みを浮かべている男性の姿がある。


「そういうことねー。ってか隣の人お父さん?」

「そうよ」

「優しそうな雰囲気ですね」

「えぇ、世界で1番優しかったわ」


 女性陣が写真に群がっているのを見てホッとする。

 とりあえず皆納得して危機は去ったようだ。


「日和。次は移動教室だからそろそろ行きましょ」

「そうだね。じゃあ神田君、早坂さん、矢野君!またね」


 俺と早坂さんは軽く会釈をして、矢口君は立ち上がり大きく手を振る。

 矢口君、やっぱりメンタル強いんだね。名前間違えられてたけど・・・・・・


 その後、数分してから俺たちも各々食器を返却口に戻し、食堂を後にした。


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