4話 悪魔との約束

 戦慄するような時間が流れる。とても静かで緊迫感のある空間だ。


 時計の秒針の音と俺の心臓の鼓動しか聞こえてこない。


 静寂を破るように宝生麗華は口火を切った。


「宝生麗華。姫潟中出身。長い金髪と切れ長の目が特徴の女の子。いいや、女の子って言うのは少し無理があるわね。男顔負けの力を持ち、不良界隈で実績をあげ、地元に名をとどろかせた。その実績は数多い。カリスマ性と狂気的な拳を武器に暴走族集団を解体というのが有名な実績かしら?」


 彼女は説明書を読み上げるように淡々と話す。


 全校集会のスピーチのような、明るくどこか上品な声色はなく、ドスをきかせた低い声だ。


「これで分かったでしょ?」

「じゃ、じゃあやっぱり会長が・・・・・・」

「君はうすうす感づいてた。同じクラスの女の子に私のこと詮索してたもんね」


 女の子というのは早坂さんのことだ。


 おそらく、全校集会を終えて早坂さんと談笑しながら廊下を歩いていた時のことだろう。


 そういえばあの時殺気のような視線を感じた。


 宝生さんがどこかで俺を見ていたのか・・・・・・


「詮索するきっかけは集会で私がスピーチしたときかしら?」

「ど、どうしてそれを?」

「君が転校したときからマークしてた。絵に描いたように驚いた反応だったわね」


 やはりあの時目が合ったのも気のせいではなかったようだ。


 待てよ?転校した時からマークしていた?入学時、宝生麗華の存在を考えたことは一度たりともなかった。


 そもそも不良文化に興味のない俺だ。あの日宝生麗華という名前を聞かなければ俺は彼女のことを思い出すことはなかった。


 だから入学時の俺は不自然な行動を取っていないと言い切れる。


 まるで俺のことを元々知っているといった口ぶりだ。

学年は違うし中学の時は関わりがないはずなんだが・・・


「勘違いしないでね。関わりのない君に武勇伝を自慢しようってことじゃないから。むしろ恥ずべき過去だと思っている」


 とりあえず彼女の考えていることはなんとなく分かった。


 宝生麗華という凶悪ヤンキーの存在を知る俺の口を封じたいのだろう。


 地元での過去が彼女の中で黒歴史になっているのかそれとも他の理由で周りに知られたくないのか分からないが、周囲に漏れるのを恐れているのは間違いない。


 だったら俺の取る行動はただ一つだけだ。


「絶対に口外しないので見逃してください」


 保身のためならいとも簡単にプライドを捨てる事ができる。


 俺はこれでもかというくらい頭を下げた。


「は?」


 さっきまでの殺気は消え、彼女は意表を突かれたように口をポカーンと開けている。


 あれ・・・?


「何か誤解をしているようだけど、私はあなたを吊るし上げようなんて思っていないの」

「え?違うんですか?てっきりそういう流れだと・・・・・・」

「そうね。暴力は最終手段だから」

「その選択肢はちゃんとあるんですね」

「当たり前よ。私の高校生活、もっと言えば私の今後の人生に関わることなんだから」

「俺はいったいどうすれば?」

「私の話を一切口外しない。簡単でしょ?」


 それは彼女の言う通り簡単なことだ。リスクを犯してまで彼女の話を他人にしようとは思わない。


 俺は口の堅い人間だ。言うなと言われたら絶対に口外しない自信がある。


「でも私は君がどういう人間か知らないし君への信頼がない。どこで何をするか分からない」


 だから、と彼女が言いかけた時、ガラガラと引き戸が開いた。


「麗華ちゃん?残業かなー?」

「上野先生。お疲れ様です。ちょっとやることがありまして残っています」


 宝生さんの声色が変わった。とても穏やかな音だ。それでいて芯が太くとても頼りになりそうな響きもある。


 宝生さんと話している小柄なジャージ姿の女性は上野先生というらしい。


 ここに来るということは生徒会の顧問か何かをしているのだろう。


 制服を着せたら簡単に高校生に溶け込めそうな若々しい容姿と口調。

正直先生らしさは皆無だ。


 そんなことを考えながら上野先生を眺めていると目が合った。


 そしてクスっと笑みを浮かべ口を開く。


「あれ?ここに来客って珍しいねー。麗華ちゃんの彼氏かなー?」

「違いますよ先生。私は今も昔も彼氏なんていたことはありません。学生の本文は勉強ですよね?」

「じゃあどうして生徒会に関係のない男の子がいるのー?」

「彼は転校してきた2年B組の神田蓮人君です。新生活で相談があるみたいなので話を聞いていたところです」

「蓮人君ね!悩みは解決できたー?」

「あ、あぁ、まぁ」


 呼び出されたのは俺だし悩みなんて一つもないんですけどね・・・・・・


「ちょうど今話し終えたところです。ね?神田君」

「は、はい、そうです」


 乗るしかない、この流れに。


「じゃあ俺はここで」


 逃げるが勝ち精神で、俺は引き戸の取っ手に手をかけた。


 すると背後から上野先生の声がする。


「蓮人君!これからも麗華ちゃんと仲良くしてあげてね」

「は、はい」


 気のせいだろうか。上野先生は含みのある言い方をしていたような気がする。


「じゃあ神田君、また何かあったら相談に来てね」


 宝生さんは手を振りながら微笑を浮かべ俺に挨拶する。


 しかし目だけは全然笑っていなかった。



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