3話 鋭利な目は崩壊を予感させる

 きーんこーんかーんこーんと放課後のチャイムが校内に鳴り響く。


 ホームルームを終えた生徒たちはそそくさと帰宅していった。


 隣の早坂さんは大きなテニスバッグに教材を詰め、通路の邪魔にならないよう席の左横に置いた。


 この人テニス部だったんだな。その割には肌が白い。なぜかテニス部って野球部やサッカー部、陸上部よりも日焼けしているイメージがあるが、早坂さんの肌は純白そのものだ。


 純白・・・・・・


 思い出してはいけないことが頭に浮かんでしまった。


 罪悪感に襲われた俺は戒めのため、頬をつねる。


 その行動がおかしかったのか早坂さんは笑みを浮かべて話しかけてきた。


「蓮君ってまさかマゾ?」

「違うよ。ちょっとかゆかったからつねっただけだよ」


 適当な言い訳を並べた。女の子とこうした会話をするのは抵抗がある。


「蓮君は部活入らないの?」

「うん、入るつもりないよ。2年生からいきなり入っても迷惑だろうしね」

「そんなことないのにー。スポーツ苦手?」

「人並みにはできると思うよ。でも特にやりたいって思うことがないから」

「ふーん、じゃあ暇人ってことだね?家も近いことだし今度一緒にテニスしようよ」


 やっぱり早坂さんはコミュ力高いな。会って間もない人間をこんなにもさらっと遊びに誘うなんて。だが正直行くつもりはない。彼女がプライベートで俺と会ってもメリットなんて1つもないし校外で誰かと会うのは気が引ける。


 だがどう返答すればいいのだろうか。人付き合いは好きじゃないが、むやみに突き放して嫌われるというのは得策じゃない。


 俺は当たり障りのない高校生活を送りたいだけだ。そもそも彼女は本気で誘っているとは限らない。単なる社交辞令かもしれない。


 彼女の誘いへの返答を探っていると後方から男子生徒のはつらつとした声が聞こえた。


「んじゃあ俺も立候補!いやー、プライベートで美玖ちゃんのテニスウェア見れるなんてなー」

「正吾は誘ってないよ」

「ひどいよ美玖ちゃん!俺だってテニス上手いのにー」


 声のする方へと顔を向けると男子生徒が大袈裟に手で顔を覆い、落胆した様子を見せている。


 人を記憶するのは得意じゃないがこの人は知っている。確か名前は矢口正吾。

良く周りの生徒にいじられ目立っているから認知している。


 絵に描いたような学園ライフを楽しんでいる男子高校生だ。


「転校生君!ずるいよずるいよー!食堂の件といいほんと隅に置けないなー」


 食堂?まさか水原さんとの一部始終を見られていたのか・・・・・・


「食堂?」


 早坂さんが怪訝な目を向け、事の詳細を聞こうとしている。

事故とはいえ正直知られたくない。


「や、矢口くん、スラっとしててスポーツできそうだね。早坂さん、矢口君も一緒にどうかな?万が一俺が下手だったら早坂さん退屈しちゃうだろうし」

「おぉ、転校生君いい奴だなー!どうかな?美玖ちゃん!」

「ま、まぁ、蓮君が言うなら」


 早坂さんはうーんと拗ねたように頬を膨らませ、しぶしぶ矢口君の参加を了承した。早坂さんは矢口君のことが苦手なのかな?なんかごめんね。


 それよりも話題をすり替えるために参加表明をしてしまった。

彼女の誘いが社交辞令であることを祈り、教室を出た。



        




 運動部の声だしや吹奏楽部の演奏、寄り道の計画立てをする生徒達の喧騒をBGMに俺は昇降口へと歩を進める。


 俺の通っていた田舎の学校は敷地が広く昇降口まで結構距離があった。


 それに比べ東明高校はコンパクトにまとまっている。

2年棟は3階にあり、階段を降りると10mほどで昇降口にたどり着く。


「ねぇ、ちょっといいかしら」


 すぐ背後から女性の声が聞こえる。何だか聞き覚えのある声だ。でも早坂さんの声でも水原さんの声でもない。


 他の生徒に話しかけているのかと思ったが、俺の周囲には人がいない。声のする方へと顔を向けると、なんとそこには宝生麗華の姿があった。


「僕ですか?」

「あなたしかいないでしょう?」

「まぁ、そうですけど」


 どういうことなのだろうか。


 俺生徒会長にお世話になるようなことしたっけかな・・・・・・


 何か校則違反を犯してしまったのではないかと記憶を辿る。

しかし、それらしいものは見当たらない。


 校則違反じゃないとすると生徒会の勧誘?

いいや、それは考えにくい。俺は特別成績がいいわけでも人望があるわけでもない。何より俺はここに転校してまだ2日しか経っていないのだ。


 じゃあどうして・・・・・・


 某少年探偵ばりに脳内で推理を繰り広げると宝生さんは含みのある微笑を浮かべる。


 その笑顔はどこか見覚えがあった。ファッションモデルがファインダー越しに見せるキラキラとした微笑み。


 その反面戦慄させるような棘がある。


「ついてきてもらえると助かるわ」

「・・・・・・はい」


 会長の呼び出しを断るなんて末端生徒の俺にはできず、トボトボと彼女の後をついていった。



         




 宝生さんに連れられ、俺は2階にある小部屋に入った。

ホワイトボードの正面に3つの長テーブルがコの字型に並べられ、生徒会用と書かれた段ボールが無造作に置かれている。きっとここは生徒会室だ。


 やはり俺は何か問題を起こしてしまったらしい。


 もしや昨日の純白ブラジャー事件・・・・・・


 いいや、あれは事故だ。うん、事故だ事故。


 そんなことを考えていると宝生さんは机に腰をかけ口を開く。


「そういえば神田君、最近転校してきたんだね」

「は、はい、そうです」

「びっくりしたよ!私と同じ地元だからさー」

「・・・・・・え?」


 なぜ宝生さんは末端生徒の情報を知っているのだろうか。


 俺の名前や地元を知っているのはあまりにも不自然だ。クラスから漏れたのだろうか?でもそんな話を聞いたところで俺を呼び出す理由なんてないよな。


 いいや、今はそこじゃない。俺と地元が一緒?


「ん?どうしたの?そわそわして」


 次第に彼女の顔から笑みが消えていく。


 集会でも、昇降口で会ったときも、なんなら数秒前まで宝生さんは常にニコニコしていた。


 だからだろうか、彼女の真顔は新鮮で恐怖を感じる。


 おそらく恐怖の正体は地元を騒がせた女ヤンキー、宝生麗華が脳内をちらついているからだ。今思えば目元や鼻筋が似ているかもしれない。


「あれれ?もしかして会ったことあるのかしら?」

「い、いや、それは分からないですけど、宝生さんに似ている先輩がいたなーって」


 俺の話を聞くと宝生さんは何か確信したのか「なるほどね」とぼそっと呟いた。


 その後まるで誰かが愚意したかのように鋭利な目で俺を見る。


「ねぇ、君。私のこと知っているでしょ?」

「・・・・・・え?」

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